正午前
10時を少し過ぎたくらいに、彼は戻ってきた。
白いコットンのシャツに、茶色いリネンのズボンとサスペンダー。
ふわふわの髪はふくらんで、人形のように小さい顔を際立たせていた。
どう考えても、遺伝子が優れている。
スラリとした手足、均整のとれた体。
グレーがかった緑の瞳は、きれいな二重まぶたと、密に生えそろった淡いまつ毛にふちどられている。
「ルベル、イチゴつみにいこ?」
彼は、特に名前をもたない。
そういう一族に生まれたのだ。
私は、彼を呼びたいように呼ぶ。
村のみんなも、風遣いとか、風坊とか、好きに呼んでいた。
年齢は、私よりひとつ年下の15歳だ。
まだあどけない顔は、思春期にもかかわらず、さらりとして清らかだ。
「久しぶりに風、乗っていく?」
私は、ギョッとした。
彼はたまに私を風乗りに誘う。
ただ、去年までは難なく乗れたが、今はどうだろう。
「ん〜、大丈夫かな。私、最近太っちゃって…」
「全然、太ってないよ。赤ちゃん産むには、もっと太らないと」
ほっそりした人を見て、私はただただ美しいと思うのだけれど、彼は人を美醜ではなくもっと動物的に見ているな、と思うことがある。
そんなところも、大好きだ。
「あの木の枝から飛ぶよ?そこまで登れる?」
「きゃ〜!!」
久々の風乗りは、爽快この上なかった。
ボボボボボ、と風が耳を乱暴に通り過ぎ、髪を全て後ろへ押し流している。
彼は私の手首と腰を持ち、気流に乗れるように体を沿わせてきた。
この瞬間、私は恋をしたのだった。
あれは12歳の頃か。
真っ青な空は、大きく白い雲を泳がせている。
その中を突っ切るのもたまらなく楽しい。
あっという間に森へついた。
彼は丈夫な木を探し、枝にふわりと着地した。
そろそろと地面へ降りると、もう目の先にはイチゴの赤が見えた。
「だめだよ!ルベル、森の入り口のイチゴはダメだって教えたでしょ?」
恥ずかしい。イチゴを見て身を乗り出していたのか。私は気まずくなり小さく固まった。
「ね、この森は人からイチゴを守るために、入り口に毒イチゴを生やすって、忘れないでね。死にはしないけど、赤ちゃんができなくなるよ。男は、おしっこが出なくなって苦しむ」
彼は、軽く柔らかな口調で、私に忠告する。
「ルベルは、ぼくの赤ちゃんを産むんだから」
あぁ、好き。
私と彼は、許婚だ。
この特別な絆で、他の誰にもふたりに立ち入らせたくない。
婚約をとりもってくれたおじいちゃん、本当にありがとう。壊れ物の貴重品のように、この絆を守っていくから。
彼は、私と手を繋いで、ガサガサと音を立てて森へと入っていった。