第十一話 迫るタイムリミット Ⅱ
さて、生徒には偉そうなことを言っておきながら俺が高みの見物をしているという訳にもいかない。
ということで、俺は翌日の放課後に生徒会室を訪れていた。
「なんの御用でしょう?」
「ちょっと話があって」
「お引き取り下さい」
「まだ何も言ってねえだろ!」
「……あなた、さも自然な顔でここにいますけど、部外者という立場をお忘れですか?」
相変わらず生徒会長の輝子は容赦が無い。昼の放送中はアイドルのようであるが、平時はまるで別人だ。
「そう思って、はいこれ」
俺は持参した紙袋を差し出した。
「え?」
「それ、もしかして駅前の大人気シュークリームですか!?」
怪訝そうな輝子の背後から、書記の女子生徒が歓声を上げる。
「……どういうつもりですか?」
「お礼だ。この間の放送、吹奏楽部も出してくれただろ」
「南さんにも言いましたけど、部活紹介に出た部の権利ですから」
「聞いたよ。でも、権利っていうのは義務を果たして初めて主張できるものだろう? そういう意味では、寛大な判断をしてもらえたことには感謝しなきゃと思って」
「……そうですか」
自然な流れで輝子は上納品を受け取った。その瞬間を待っていた俺は即座に一枚のコピー用紙を突きつける。
「お願いがあるんだけど」
「は?」
「昼の放送でCMを入れてほしいんだ」
紙袋を手に提げながら呆然とする輝子であったが、徐々にこめかみが痙攣し始める。
「ちょっと! こんな古典的な賄賂で生徒会を釣ろうなんてどういうつもり!?」
「人聞きが悪いな。それはそれ、これはこれだよ」
古典的なトラップに釣られる方が悪い。
「返します!」
「返品不可となっております」
「あなたねえ!!」
中身がシュークリームであるせいで粗雑に扱えないからか、為す術の無い輝子は今にも発狂しそうである。
「ああ、別途広告料を納めればいいのか?」
「校内放送が営利目的だとでも思っているんですか!?」
「じゃあそのシュークリーム、寄付ってことで」
「見返りを求めてる時点で寄付じゃないでしょう!?」
面倒臭いので、俺は失望したふりをして輝子に背を向ける。
「……学校のアイドルに宣伝してもらえれば、抜群の集客になると思ったんだがなあ」
ギリギリ聞こえるような声量で呟くと、背後で輝子が微かに反応した気配を感じる。
「どちらにせよ開演前には放送を入れようと思っていたし、絵理子に頼んで許可をもらうか」
今度は独り言にしては大きすぎる声で芝居がかったセリフを口にする。
「大人気のお昼の放送なら、CMという文化も根付くと思うんだがなあ。そうすればますます生徒会の権威も上がるんじゃ……。いや、思い違いだったみたいだな」
俺はそのまま扉へ向かおうと足を動かした。
「……ちょっと待ちなさい」
「ん? 部外者は隠居しますんで、どうぞシュークリームでもお召し上がりくださ――」
「原稿寄越しなさいよ!!」
よし、釣れた。
俺は待ってましたと言わんばかりに振り返って、先ほど渡そうとしたコピー用紙を再度取り出す。
「――まあ、このくらいならいいでしょう」
「いやあ、ありがとうございます! さすが生徒会長!」
俺の三文芝居を冷ややかな目で見ている役員達とは対照的に、まんざらでもない様子の輝子。チョロいな。
「それで、部員集めの方はどうなんですか」
急に真面目な顔で質問をされたので、俺は面食らった。
「……順調、だよ」
「なんですか、その微妙な間は」
「……入部した部員もいる。まだ目標数には達してないけど」
「そうですか」
てっきり「このままだと廃部ですね」と高笑いされるに決まっていると思ったのだが、あっさりした輝子の返答に拍子抜けする。
「美月は、顔を出していますか?」
予想だにしない名前が突然登場した。
「美月って、汐田美月のことか?」
「他に誰がいるんですか。……校長の娘ですから、昔から交流があるんです」
そういえば輝子の父親は翡翠館の理事であった。
「あの子、最近なんだか上の空というか。吹奏楽部のせいかと思ったんですが、違いましたか。忘れてください」
「いや、俺達のせいだろうな」
俺が素直に認めると、輝子は数回瞬きしてからため息を吐いた。
「やっぱりそうなんですね」
「責めないのか?」
「逆です。もし関わっているなら、あの子をなんとかしてあげてください」
思ってもいなかった依頼に、俺は動揺する。
「美月も、木梨日向の死から時間が止まっているんです。どうにかできるのはあなた達しかいないでしょう?」
「……そういうことなら、さっきのCMの件、よろしく頼む。美月にも来てもらいたいからな」
「仕方無いですね」
やれやれと言わんばかりに呟いた輝子は、手にした紙袋を顔の横まで持ち上げる。
「今度はプリンでお願いします」
「はいはい」
俺は軽く手を挙げ、生徒会室を後にする。賄賂を要求するのはまずいんじゃないか、という指摘が野暮であることくらいは、さすがの俺も理解できた。
♭
約束通り、次の日から輝子は放送中に広告を入れてくれた。コンサートの日時や場所を知らせるだけの簡潔な原稿であったのだが、アナウンス慣れしている輝子が言うと自然に耳へ入ってくる。以前に玲香が出演した時は地獄のような空気になったので「絨毯爆撃」と喩えたが、宣伝するにはうってつけだ。少なくとも、放課後になってから玲香が業務連絡みたいな放送を入れるのとは雲泥の差がある。
「――また失礼なこと考えてません?」
目の前にいる玲香が切れ味の鋭い視線で俺を睨んだ。
「また、ってなんだよ。俺はいつも真面目だよ」
犬猿の仲である輝子と比較されるだけならまだしも、軍配が輝子に上がったことまで知られたら俺の命が危ない。
「で、なんの用だ?」
「合唱部と迷っていた新入生三名ですが、無事吹奏楽部に入部してくれました」
残念ながら合唱部に引き抜かれました、のテンションで報告する玲香。
「もっと嬉しそうに言ってくれよ!」
「喜んでいますよ?」
もう何を言っても無駄だと悟った俺は脱力した。朗報であることに違いは無い。
「あと二人か」
「秋村さんに言われた通り、スカウトも試みています」
彼女達が新入生にスカウトをかける場面を想像すると、若者を誑かす薬物の売人みたいなイメージをしてしまった。提案した俺がそれを言うのはさすがに失礼だと思い、慌てて掻き消す。
「美月、来てくれるでしょうか……」
心配そうに玲香が呟いた。あれから萌波は司会の原稿作成に励んでいるので、部長としては報われて欲しいのだろう。
「あの二人、そんなに仲良しだったのか」
「美月と萌波ですか? まあ、そうですね。端から見ているとどちらが年上かわからないくらいには仲が良かったですよ」
大人しい萌波と、わがままな美月。メイドとお嬢様のようだが、萌波を追いかけてきたのが美月ということは、案外美月の方が依存しているのかもしれない。だからこそ、こんな面倒臭いことになるまで拗れているのだ。
「演奏会当日のCMは、萌波が司会を務めることも一言添えてもらおうと思う」
「CMって、あの昼の奴ですか?」
輝子が関わっているだけで玲香は不機嫌になった。
「なあ、生徒会ってそんなに悪い連中か? 今回のことだって、俺達にとってはありがたいだろ」
「そ、それは、そうですけど……」
素直でない玲香は口ごもっている。今後も余計なトラブルが起こらないことを祈るしかないようだ。
「萌波の意識が変わったおかげで、楽曲のレベルも及第点にはなっている。あとは、やりきるだけだな」
俺は吹奏楽部に関わってからというもの、なるべく生来のネガティブな考えを表に出さないよう努めている。今もそうだ。たしかに部活紹介は成功したが、もしも部員が獲得できなければ新歓演奏会が最後のコンサートになってしまう。そんなことは玲香もわかっているはずだが、敢えて多くを口には出さず「そうですね」と淡白に答え、部屋を出ていった。
二日後の金曜日にコンサートを開催する予定だが、勧誘活動の期限は週明けの月曜日までだ。俺の身柄が保証されているのも、あと数日だけである。期限の更新ができるかどうかは一年生と美月に懸っている。
「派遣社員みたいだな……」
「――あなた無職でしょうが。本物の派遣労働者に謝って」
研ぎ澄まされた言葉の刃が容赦無く俺を切り刻む。その声の主は――。
「絵理子……」
入口に佇む彼女は、不機嫌そうに腕を組んでいた。
「たまたま通りがかっただけよ」
「それならいきなり毒舌を浴びせるなよ。通り魔かよ」
「ちっ……」
血がジエチルエーテルで組成されている絵理子がすぐに舌打ちをする。
「お前、その態度は改めた方がいいぞ。部員にも舌打ちが伝染してるんだよ」
クレームを入れると、その点については思うところもあるのか反論されることは無かった。
「で、本当に通りがかっただけなのか?」
「……美月のことなんだけど」
「美月?」
「あの子のクラスの現代文の授業、私が担当なの」
「へえ」
「授業が終わった後、明後日の演奏会に行くよう伝えておいたわ。それだけ。じゃあね」
ぶっきらぼうに用件を吐き捨てると、そのまま絵理子は踵を返してしまう。
「お、おい絵理子!」
慌てて呼びかけても振り返ることすらせず、彼女の姿は廊下の曲がり角で消えた。
「よくわからん女だ……」
置いてけぼりの俺は少しの間放心していたが、合奏練習の時間が迫っていることを思い出し急いで準備を始める。ここまでお膳立てをしても美月が現れなかったら、その時は潔く諦めよう。残された俺に出来ることは、演奏の質を高めることだけである。
一つ息を吐いた俺は、今日も講堂へ向かった。




