第二話 忌まわしき過去 Ⅱ
俺は勝手に語り始める。
「昨日絵理子も言っていたよな。俺と関わった人間は不幸になるって――」
――原因不明の呪いのせいで、俺は日陰の生活を歩んできた。原因不明であること以前に、俺自身でなく周囲が巻き込まれるということが極悪であった。高校に入るまで、俺はケガも病気もしたことが無かったのだ。だからこそ、疎まれるし恨まれる。親戚が俺をあの洋館に閉じ込めたことは当然のことだし、学校で友達が出来なかったことを悲しむ権利すら俺には無い。まさに「触らぬ神に祟り無し」という奴だ。だから「死神」などという異名がついたのだろうけど。
だが、例の家政婦さんだけは何故かやたらと俺の世話を焼いた。そもそも誰が頼んだかもわからないが、俺があの洋館に住み始めて数日後にはもう仕事をしていた。そして、家政婦さんは学校を休むことを許さなかった。家政婦さん自身が俺に関わることも、俺が学校に行くということも、最初は俺も拒絶し続けた。だが、児童を監禁するような危険思想の人物に小学生の訴えが通じるはずも無く、俺は渋々学校に通っていたのだ。
高校への進学を決めたのも、言わずもがな家政婦さんの影響だ。もっとも、とある理由で家政婦さんは俺が中学三年生の時に家を出ることとなったのであるが、ここでは割愛する。
忘れもしない高校の入学式の日。一人を満喫していた俺は、高校でも路傍の石のような生活を送ろうと決めていた。そんな俺にいきなり声を掛けてきたのが、たまたま同じクラスになった木梨楓花という女だった。
楓花は俺と真逆でコミュニケーション能力がカンストしている人間であったので、入学初日から質問攻めにあった俺は、楽器が演奏できることや楽譜が読めることを知られてしまった。そこから先は、俺の知らぬうちに吹奏楽部へ入部届が提出されており、あれよあれよという間に活動が始まっていたのだ。
もちろん俺の体質のことは伝えたのだが、「そんな都市伝説みたいなことある訳無いじゃん! みんな、不幸を恭洋に押しつけてただけだって! それで恭洋がやりたいこともやれないなんて、世の中間違ってるよ!」と一蹴された。それまでの人生で初めて見るタイプであった楓花に圧倒されながら、俺は不安ながらも退部せずに活動を続けた。もっとも、どの楽器もできるという人間はそういないので逆に扱いづらく、顧問の芳川先生がバランスを見て俺にパートを与えてくれた。そのお陰で、どのパートにも属していない遊撃部隊になった俺は一人きりで練習することが大半だったので、その時ようやく家政婦さんの教育に感謝したのだった。
時は流れ、俺達の代への引き継ぎとなった。入部してからというもの周囲で不幸が起こらなかったせいか、俺は昔ほど引きこもりではなくなっていた。役員決めは部内での投票が行われるのだが、各楽器のことを知っており音楽に精通しているという理由で俺は生徒指揮者になった。これに関しては、俺のことを買い被り過ぎではないかと今でも思う。が、案外指揮を振るのも悪くなかった。音感が良いのを自慢する訳ではないけれど、少しの音程のズレを直していく作業が整備士みたいで楽しかったのだ。
先輩の代までコンクール支部大会の金賞止まりであった我が校において、俺達の代の目標はもちろん全国大会出場だった。楓花を始め同級生達の実力は確かなものだったし、当時は部活動の推薦入学の生徒も多かった。それに、どの部も黄金期真っ只中であり、学校側も練習に際しては様々な配慮をしてくれた。つまり、生徒と顧問のやる気さえあれば申し分の無い環境であったのだ。実力的に過去で最も高かったと思う。
順当に大会を勝ち進んだ俺達は、支部大会でも完璧な演奏を披露した。芳川先生も確かな手応えを感じていたに違いない。期待しながら迎えた表彰式で全国大会行きの結果が知らされた瞬間、俺達は歓喜に沸いたのだった。
――問題はその後である。
コンクールでは、俺はクラリネットを担当していた。様々な楽器を演奏できるとはいえ得手不得手はある。朝に見た夢の中で家政婦さんに反抗していたように、金管楽器はなんとなく苦手だったのだ。三年生ということもあり、俺が希望した楽器を吹かせてもらうことになったのだが、ありがたいことに自由曲ではソロも任されていた。
支部大会の数日後。全国大会に向けて皆が一層力を入れて練習をしている、その最中に事件は起きた。
合奏練習の合間の休憩中。第一音楽室は広いと言えど、五十人以上の人間と譜面台が並ぶ高密度の中、俺はなんの気無しに部屋を出ようと扉へ向かった。トイレにでも行こうとしたのだろう。しかし、譜面台の林を掻い潜ろうとした際に、そのうちの一本に足を引っ掛けてしまったのだ。運が悪いことにその譜面台が倒れた先は、クラリネットパートの一列前にあるフルートパートの椅子。
その上に置かれたフルートであった。
そもそも自由の利かない位置で、俺が手を伸ばしても無意味だった。無情にも譜面台は楽器に向かって落下し、ぶつかった衝撃でフルートは床に落ちた。
あの時ほど冷や汗が出たことは、後にも先にも無い。
室内には他の部員も残っており、当然俺のしでかしたことは現行犯で目撃されていた。すぐに楽器を拾い上げたが、どう考えても無事ではない。神に縋る気持ちで軽症を祈っても空しく、キーが一箇所外れかけていた。その後、現場には被害者が戻ってくる。二年生の女子部員だった。俺は土下座して謝った。楽器は奏者の命そのものだ。事故とはいえ、俺は自分の罪の重さで潰れそうだった。
その場は他の部員が宥めてくれた。彼女も「私の置き方が悪かったですから」とフォローしてくれたが、その表情は硬かった。とにかく急いで近隣の楽器店に連絡し修理を依頼すると、幸いにも思ったよりは重症でないようで、数日で直せるとのことだった。が、一度でも楽器を傷つけてしまった俺自身を許すことができず、彼女に何度も謝罪を繰り返したのである。
それから更に数日後。
今度はその女子部員が階段から転落した。
休日練習の昼休みのことだった。芳川先生と職員室で午後の練習について会話をした俺が音楽室に向かう途中、廊下の数メートル先にその女子部員がいるのを見かけた。楽器を壊した負い目もあり黙って後ろをついて行ったのだが、階段の踊り場に差し掛かったところで突然彼女が消えたのだ。俺が驚いて踊り場まで駆け下りると、彼女はその先の階下に倒れていた。足を踏み外したのだろうか、と心配になって彼女のもとへ向かおうとした俺よりも先に、他の部員が異変に気づいて駆け寄ってきた。介抱した部員が目にしたのは、踊り場で固まっている俺と、転げ落ちただろう女子部員の構図である。
俺が突き落とした、と受け取られても仕方無い状況であった。
「――そこから先は、本当に地獄みたいな毎日だったよ」
俺は当時を思い返しながらしみじみと呟いた。皆は静かに俺の話を聞いている。
もちろん俺が彼女を突き落とすはずが無いし、楽器の件で恨まれるとしたら俺の方なのだから動機も無い。しかしそういう非常事態において、吹奏楽部のような人数のやたら多い集団は一度コントロールを失うと修正が効かない。憶測や妄想レベルの雑言が飛び交い、俺を極悪人のように弾劾する者まで現れ始めたのだ。普段の練習ではあまり言葉を発しないくせに、指揮台の上ではけっこうねちねちと厳しいことを言っていた俺を良く思わない一派もいたのだろう。まあそれについては自業自得だ。
彼女が楽器の管理をしっかりしていなかったせいで、俺の不注意が起きてしまった。生徒指揮者としてのプライドを傷つけられた逆恨みで、つい目の前の彼女を突き落とした――そんなふざけた噂がまことしやかに囁かれ始めたのだから、その時にはもう支部大会を突破した時の団結感など微塵も残っていなかった。
さらに困ったのは、そのタイミングで俺の特異体質のことが露見したのである。立て続けに起きた不可解な事故に疑問を感じた一人の後輩部員が、たまたま俺と同じ中学校の卒業生だったのが原因だ。「そういえば中学の先輩で関わっちゃいけない人がいたような気がする」という程度の記憶から俺が特定されたのだから、もう笑うしかない。
ここまで来ると、後輩達からの信用は完全に無くなっていた。悲しいかな、俺は生徒指揮者から失脚した訳では無かったので基礎合奏練習では変わらずに指揮を振っていたのだが、まるで中身の無い練習を繰り返した。とはいえ、もう全国大会まで時間も無いのに今さら生徒指揮者を変えるというのも現実的ではなかった。
逆に、俺の同級生は基本的に俺を擁護するスタンスだった。とくに楓花は「恭洋がわざわざそんなことするメリットなんて一つも無い」と正論で後輩を諭していたし、今でこそ殺意を向けてくる絵理子も当時は楓花と同じように振る舞っていた。芳川先生もなんとかもう一度集団を取り纏めようと必死だった。
――しかし、階段から落ちた女子部員が右腕を骨折した、という絶望的な事実は誰にも覆せなかった。
楓花がもともと俺の体質のことを知っていたのも、今思えば後輩につけ込まれるポイントであったと思う。どうしてそんな人物がこれまで部活を続けていて役員にまでなっているのかと、いよいよ楓花まで槍玉に挙げられ始めたのを見て、俺の心の糸は切れかかっていた。
どう落とし前をつけようかと考えていたある日の練習後。全国大会前ということもあり遅くまで練習していたので、外は真っ暗だった。
「――今でも犯人はわからないんだが……。後ろから刺されたんだよ」
俺は腰の古傷を擦りながら告白した。




