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エメラルド・サウンズは黎明に輝く  作者: 文月 薫
第一章 宵闇 ―― calmato
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第五話   呪縛を断つ方法 Ⅱ

 突然身に覚えのない告発を受けた俺は、ただただ呆然とした。

「……意味がわからない」

「わかれよ」

「無理だろ!」

 やっぱりこの小娘は言うことがめちゃくちゃだ。

「楓花はともかく、他の件と俺は関係無いじゃないか」

 厳密に言えば、楓花の件だって直接的な原因は俺じゃない。

「でも、今起こってることってあんたが子どもの時とそっくりじゃん。関わった人が不幸になる」

「今の吹奏楽部についてはそもそも関わってないだろ。お前とも初対面だし」

 俺に全責任を丸投げされても困る。もし日向の言葉が事実だとしたら、高校卒業以来ずっと日陰で過ごしてきたのがまるで無意味だったということになる。存在しているだけで災厄を撒き散らすのならば、いよいよ自分自身の手でこの命を終わらせねばならないだろう。幸いこの持て余すほど広い洋館には、首を吊る場所ぐらいそこら中にある。

「ひとつ聞いてもいい?」

「なんだよ」

「あんたのこれまでの人生って、とてつもない矛盾があるんだけど」

「生まれるべきではなかった的な意味か?」

「は? 違うよバカ」

「……」

「そんな呪われた体質で、なんで部活は普通にできた訳? しかも生徒指揮者なんて目立つ仕事までして」

「……わからん」

 高校入試で小論文が書けなかったくらいなので、中学校時代の俺はもちろん帰宅部だった。そんな俺を吹奏楽部に誘った人物こそ、楓花だったのだ。

「今でも、お前の姉に聞いてやりたいよ。どうして俺なんかに執着したのか」

 少なくとも高校三年生の夏まで普通に生活や部活ができた理由について、俺は明確な答えを持ち合わせていない。

「まあ、そうは言っても最後には破滅したんだけどな。それに関してはお前も知っているんだろう?」

「うん」

 俺が歴代最悪の部員と言われるきっかけとなった事件だ。現役の部員にまで代々語り継がれているのであれば日向が知らないはずも無い。

「というか、それが原因なんじゃない?」

「は?」

 またこの小娘は訳がわからないことを言い出した。

「今の吹奏楽部の悲惨な状況だよ」

 日向は、どうしても俺を諸悪の根源に仕立て上げたいらしい。

「たしか、お姉ちゃん達が全国大会に行った後って、支部大会にすら行けなくなったでしょ? しかも、この数年で顧問が二回も変わるなんておかしくない?」

 言われてみれば、次から次へと負の要素が溢れてくる。

「わかったわかった。どうせ俺がいくら弁解しても無駄なんだろ。それならこれ以上災厄が広まらないうちに俺を殺してくれよ」

 俺は半ば自棄になって呟いた。

「そういうのがダメだって言ってんでしょうが!」

 突然日向がぶちギレた。「どいつもこいつも……」とぶつぶつ言っている。

「あんた、せっかく本気で取り組めたことが消化不良で終わって、生きてるんだか死んでるんだかわからない生活を送って、そのまま消えてもいいの?」

 急に投げつけられた正論にも、俺はさほど動じなかった。

「そんな葛藤、もうとっくにどうでもいいんだよ。やっぱり俺は他人と関わってはいけない存在なんだっていう結論が、何年も前に出てる」

「その割には、栄養失調で衰弱死なんてまどろっこしい真似して、ずっと音楽にも触れ続けてたじゃん。本当に死ぬ気ならそんな未練がましいことしないでしょうが」

「……うるさいな」

 土足で人の心を踏み荒らす小娘は嫌いだ。

「あたしが現れて、せっかくチャンスが巡ってきたんだからさ。死に損なったことに意味があるって思おうよ」

 チャンス?

「今さらどうしようもないだろ」

「あああああ!!」

 日向が発狂した。正直、俺もこいつに何度も頭をおかしくさせられていたので、ざまあみろと思った。

 その瞬間、目の前に火花が散る。一拍遅れて、左頬に鋭い痛み。

「もうビンタはお腹いっぱいだよ」

「うるさいうるさい! この役立たずめが!」

 日向は、本当に翡翠館の優等生だったのか怪しくなるほど取り乱している。

「とにかく! あんたのせいでこんなことになっているんだから、責任取ってよ!」

 なんて雑でいい加減な依頼なのだろう。ここで再度「俺が死ねば」的なことを言ってもただの堂々巡りだ。というか、それでは解決できないのだろう。

「そうは言ってもな……」

 煮え切らない態度を取っていると、顔面に向かって枕が飛んできた。

「ぐぇ」

「あんたも絵理子先生も! 慈悲とか慈愛っていうものが無い訳? 死にかけの同級生の、今は亡き妹が必死に懇願しているというのに! 鬼! 悪魔! 自殺未遂!」

 最後のは侮蔑なのかよくわからないが、日向にはもう余裕が無いようだ。

「あのさ」

 興奮冷めやらぬ様子で日向が言葉を繋いだ。

「――あんたが吹奏楽部を蘇らせれば、お姉ちゃんの意識が戻るかもよ?」

 突如として突きつけられた衝撃的な推論に、俺は日向を凝視してしまう。

「……なんだって?」

「まあ、あくまで可能性の話だけど」

「どういう意味だ」

「吹奏楽部の周辺がこれだけの惨状になっている原因が、あんたが当時逃げ出したことなんだとしたら」

 逃げ出した、の一言に胸が締めつけられる。

「あんたが責任を果たせば、事態は良い方向に転換するんじゃない?」

 日向が告げた内容は、俺の心をかなり揺さぶるものだった。彼女を全て信用する訳ではない。今の吹奏楽部と楓花の件が繋がっていることにせよ、その全てと俺に因果関係があることにせよ、証拠は何一つとして無い。化けて出た日向が言うからこそ、それっぽく聞こえるだけと言えばそれまでである。

 だが、もう外界となんの繋がりも無い俺の唯一の心残りが楓花なのだ。俺が普通の人間のような高校生活を送れたきっかけは間違いなく楓花であり、彼女への恩は計り知れない。彼女のためならば、できる限りのことはしようと思える。

 ガタガタと、強風が窓を揺らした。喫茶店にいた時から降り続く雨は、春の嵐とでも言うように勢いを増している。窓ガラスを叩く雨粒の音は、俺と日向の間に生まれた微妙な空気を埋めるには、些か不穏だった。

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