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ささやかな……

「ただいま……」


「おかえりっ!」


 今日の彼は機嫌がいい。それもそうだろう。今日は私の給料日なのだから。


 お金が入ると機嫌が良くなる彼。前はこんな人ではなかったのに……。


「鬱病と診断されたんだ……」


 私の部屋に転がり込んで二ヶ月、彼に突然そんな告白をされた。半年前のことだった。


「きちんと治すまで、仕事も出来そうにないんだ……」


 その時はそこまで深刻に考えず、しばらくの間、私が彼を支えればいいのだと簡単に考えてしまった。


 最初こそ私の給料だけで何とかなっていた生活も、だんだん苦しくなってきて、私は本業が終わった後、水商売の世界で働くことになった。


 しかし、二十六を過ぎた女にはそれほど需要もない上に、元々そういう商売には不向きな性格が重なり、基本給以上は稼げない。


「ちょっと困るよ……君の代わりなんていくらでもいるんだからさ、もっと頑張ってよ」


 最近ではそんなことをしょっちゅう言われている。


「鬱に効くっていうんだ……少し高いんだけど、いいかな?」


 ここで「ダメ」なんて言えば、彼は途端に不機嫌になり、暴力は振るわないが、怒鳴り散らし、それが落ち着くと、今度は悲痛な声で謝罪を始める。


「俺が悪いんだ」

「俺が働けないから」

「俺がこんなだから」


 俺が、俺が、俺が……。


 それが終わると今度は甘えたように、遠回しな金の無心を始める。


 私が彼をこんなふうにしたのか、それもと元々こんな人だったのか、すっかり麻痺してしまった思考では何も考えられない。


 最近は全く眠れないし、頭痛に目眩、耳鳴りはするし、食費も抑えるため、彼の分だけ用意して食べないことが増えていて、どんどん体が骨ばって来ているのが分かる。


 一方の彼は、プクプクと肉付きがよく、血色もいいのだが、日に何度もトイレに駆け込んだり、突然目の前で倒れたりしている。


「病院できちんと診てもらおうよ」


「嫌だよ、病院は嫌いなんだ……薬をもらう以外で行きたくないよ。」


 最近は直ぐに「死ぬ」と言う彼。


「あなたは死なないわよ……私が先に逝くから」


 最近はそう心の中で呟いている。


 私が死んだら、あなたはどうするのかしら? 泣いてくれる? それとも、また私みたいな馬鹿な女を探すのかしら?


 目の前が真白くなり、次いで暗転したように暗くなった。彼が何か言っているが、もう私の耳には届かない。


 これでやっと自由になれる……。


 ささやかな幸せを夢見ていたはずだったのに、どうしてこうなったのだろうか?

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