日課
「おはよう」
台所に立つ妻の背中に声をかける。
忙しそうな背中は、チラッとこちらを振り返って「おはよう」と声だけが響く。
炊きたてのご飯と味噌汁の匂いが漂う食卓。
俺はいつものように玄関へと向かい、新聞受けの新聞紙を取り出す。
玄関の下駄箱の上に新聞紙を置くと、再び外に出る。
妻が大事にしているガーデニングの花々にジョウロで水を撒いていく。
「この花はね、お水をやりすぎるとすぐ枯れちゃうの。で、あっちはね、水はたっぷりあげなきゃ駄目なのよ」
実に楽しそうに話す妻の顔は活き活きとしており、言っていることの大半は右から左へと流れてしまったが、眩しい笑顔だけは今も心に残り続けている。
あれから数年後、俺の朝の日課に水やりとゴミ捨てが加わった。
「最近、重い物を持つのが辛いのよ」
「お安い御用さ」
「ありがとう!」
加齢と病気のために、俺より早く体力が衰え始めている妻。
そのうち、俺の朝の日課に、朝食作りも加わるかもしれない。
ふと、若き日の妻を思い出し、寂しさを覚えるが、今の、出来ないことが増えてきている妻も変わらず愛おしいと思える。
世話を焼かれながら、妻が出来なくなったことをこなしていく日常は、平凡で平和で、かけがえのないものなのだ。