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青を求める者ー3


 いわれた通りまっすぐ進めば青々とした立派な竹がたくさん生えていた。

 ただ違和感があるとすれば、真ん中あたりで膨れていることだろうか。しかもその膨らんだところだけ淡く光っている。むかしこんな感じの童話を聞いたことがある気がする。


 どうしたものかとみていると、切られて積み重なった竹の上に足まで垂れるほどの長いひげを蓄えた老父が座っていた。先ほどの少女よりも小さい背の老父はこちらを見ると杖を使ってこいこいと呼んだ。


「竹を割りたいのかね」


 ぱんだのぬいぐるみが欲しいだけです。ご存じないですか。と聞くと、そこな竹の中にあると、彼は静かに言った。

 それを聞いたマヤはなるほどね、と早速とばかりに青龍刀を出し竹のほうへ歩いていく。それを見て老父は悲しそうに続ける。


「何故そんな残酷なことをするのかね」


 竹を切ることがそんなに残酷なことなのだろうか。

 自然的に言えばそうなのだろう。困惑していると先輩が現れた。


「やってみたけど。全然切れなかったの、どうすればいいか知ってる?」

「お前たちの求むるそれは、竹の腹を割ってでもする価値があるのかね」


 先輩は老父の問いに肩をすくめて僕に答えろと目で言う。

 僕は困惑しながらーーーーはい、と答えた。


 大事なウサギを助けるには城に向かわなければいけない。そしてそれへの道を知っているのは今は少女しかいない。その少女が欲しがっているのなら手に入れなければいけない。

 そう正直に言えば老人はそうか。と短くいって何かを手渡してきた。


 医療用のメスだ。


 これで切れるのかと聞くが、老人はもう何も言わない。

 しょうがなく試しに近くの竹の膨らんだ部分にメスを入れると、ごぷり。と水がこぼれる音と同時にぎぎぎぃーと何かが悲鳴を上げた気がした。


「なんかあるみたい」


 先輩が取ってみてというので、手を伸ばしてみると何かが取れた。

 それは赤い液体でぬれたパンダのぬいぐるみだった。あの老人の言うことは本当だったようだが


「なんで竹から赤い水でんだよ。気分悪すぎだろお」

 

 マヤが赤い水たまりをよけながら近寄ってきた。手の中のパンダを見てさっさと行こうぜ、と歩き出そうとしたが先輩がちょっと待ってと呼び止める。


「このパンダ、黄色だよ」


 赤い液体が自然にきれいに流れ落ちると、白と黄色のパンダのぬいぐるみが見えた。

 確か少女の望む青黒ではない。


「ええぇ、ドン引きなんだけど。もういいじゃん」

「納得すような感じじゃないけど、君はどうする」

 

 先輩はまたこちらに意見を求めてきた。

 あの子の執着心は相当のような気がしたので、違うもので代用するといったとて納得はしないだろう。

 あまり気乗りはしないが、他を探してみようといい、ほかの竹のところへ行き、その膨らんだものを引き裂く。

 マヤは気分が悪くなったのか顔を青ざめながらふらふらと歩いて行った。


「あらら、思ったより繊細なんだ。私やることないしマヤのそばにいるね」


 終わったら来てねといって先輩は歩いて行った。

 二つ目の竹の中にあったものも違う色だった。三つ目も、四つ目も。初めは切り裂くたびに嫌な気持ちになっていた悲鳴も聞き慣れてきたころ、目的のものはみつからずとうとう最後の竹となり、それを何の抵抗もなく切った。

 

 ドロリ。ぐちゅあ。ごぶあ。ぼとッ。


 最後のぬいぐるみも違う色だった。

 そもそも少女の言う色のぬいぐるみなど存在したのだろうか。

 もしもそんなものがないのだとしたら、無意味に僕は竹の腹を切って裂いてその中のものを暴いただけ。


 びちゃ。


 足元を見れば赤い池ができていた。

 その愚かな行いを責めるように、無力に転がった全部のパンダのぬいぐるみが、うつろな目でこちらを見ている。

 自分の手をみれば真っ赤だ。


 赤は嫌いな色だ。


 くさい。汚らわしい。おぞましい。

 急に耐えきれなくなり服に手をこすりつけて落とそうとするが、染まり切った赤は今更落ちない。


 いやだ、いやだ、いやだいやだいやだ。いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ


「なにやってんの」



 目の前に花が咲いた。

 違う、先輩の髪の毛だ。淡い優しい桜を思い出させるそんな色。


 首をかしげてこちらを見る先輩に、赤が……。というと、彼女はきょろきょろと周りを見渡した。


「赤い液体なら解けて消えてたじゃん」


 でも、僕の手が。と、手をみれば、赤い液体などどこにもついていなかった。そしていつの間にかメスが消えて青黒のパンダが手の中にあった。白い眼の、片手に収まる小さなパンダ。

 先輩はそれを見て、さっさともっていこう。と歩き出した。

 その背についていきながらふと後ろを振り返ると、あんなにあった膨らんだ竹は一つもなく、赤い液体の池も、投げ捨てられていたパンダもない。あの老父ですらいなくなっていた。

 なんのこともないそこはただの竹林の世界。


 ああ、ここにいると、頭がおかしくなりそうだ。

 そう思いながら歩いていると、金色の曼殊沙華が咲いていた。

 なんとなしに手を伸ばすと、待っていたといわんばかりにすうっと光が手の中に入っていく。



ーーーー やめて、やめて、やめて、おねがいよ。おねがいだから。私はどうなってもいいから。やめてええええええええええええええ



 頭の中に鳴り響く悲鳴に思わず倒れる。

 先輩は驚いて振り返った。


「なにしてんの」


 先輩の声にマヤも近づいてきてパンダを見て顔をしかめた。


「お前もよくやったよな。あたしああいうの無理」

「まがいものの首はよく跳ね飛ばしてるのに?」

「あれとこれは違うだろ」


 華表につくと少女が待っていた。こちらに気が付くと嬉しそうに駆け寄ってくる。

 

「ちょーだい」


 パンダを渡すと、少女はにっこりと笑ってパンダの首をもった。そんなに細くないのに力強く首をもつ少女のせいで、愛らしいパンダの顔がゆがんで今にもちぎれそうだ。

 先輩はちょっと嫌そうな顔をしつつ、そのことについては無視して「さあ」といった。


「うるさいわねえ。ほーんと視野が狭いんだからサ。足元見なさいよッ」


 いわれるがまま足元を見ると、いつのまにか大きな穴が開いていた。

 それをのぞき込んでも光すら通さない真っ暗闇しか見えない。


 先輩はなるほど。というと僕をつかんで穴に突き落とした。


 しばらくして上から「あ、大丈夫そうだね」という声が聞こえたのは気のせいだろうか。

 ぐんぐん落ちていると、どぶん。と水の中に落ちた。


 水の中に落ちた。という感覚はあるが、水は見えず、息もできる。

 ただ重力のないその場所の上空にゆらゆらと揺らめく明かりが見えた。泳ぐようにその光を目指すと急に重力が反転して一回転して地面もしくは天井に落ちた。


 目を回しつつ頭をさすりながら起き上がると、そこは石の牢屋の中だった。


 蠟燭の明かりがかろうじてこの牢屋を照らしているが、燃えているのは蝋ではなく金色細工の飾りのような生きた蝶。

 周りにはいろんな拷問器具が乱雑に置かれているが、絢爛豪華な食事もそこに置かれていた。

 

「やれやれ、よっこいしょ」


 突如聞こえた声に振り替えれば、さらに奥の牢屋の中で寝台に横になっていた赤い服の皇帝のような男が起き上がった。

 彼の周りには金色のあでやかな服装をしたウサギが甲斐甲斐しく世話を焼いている。


「わしの城がまた誰ぞに奪われたと思ったら、まあた訪れ者か」


 彼こそがこの場所の本来の持ち主なのだろうか。どうやら囚われているらしいが、本人はいたって気にしていないようで、なんならウサギが牢屋の扉を開けてお酒を彼に渡している。

 でられるのに、出ないのか。ときけば、彼は肩をすくめた。


「それをいうなら、お前こそ『帰れるのに帰らない』のはなぜだ」 


 酒をぐいっと仰ぐと、彼はお代わりを所望する。


「ここにいることが問題ではない。大事なのはすべての行動に覚悟を持てるかということだ。わしはここにいることを決めた。他人からみれば最悪でも、わしは後悔してない。したとて……それはわしが選んだことよ」


 お前はどうだ。と問われる。

 僕は……僕はわからない。と正直に答えた。

 なにが正しくて、何が間違っているのかなんて誰にも分らない。自分の中にこれという答えをもっていないのだ。信念すらない僕にできることは、不特定多数の意見に耳を傾け、その時の流れに従うということだけ。

 ただそれが正しいことだ。と教わってきた。

 模範的に生きよ。


 では「模範的」とはなんだ。


 僕は、一体「ナニモノ」なんだ……。


「The Greatest~~~~~ッ」

 


 地面から両足をつっこんで飛び込んで出てきた先輩と、首根っこをつかまれているマヤ。

 先輩は空中で三回転するときれいに着地を決めてふっっと笑った。


「楽しかった。もう一回やりたいぐらい」

「最悪だよ。もう二度とやりたくないね」


 げんなりという顔で転がっていたマヤがゆっくりと起き上がる。そしてこちらと目が合う。


「お前姿見えないと思ったら直通ルートいってたのかよ。うらやましいぜ」

「えー。ただ落ちるより障害物よけたり壊したりギミック解除しながら落ちるほうが楽しいよ」


 いやに二人が来ないと思っていたら違う道で来ていたらしい。聞くだけでそちらの道でなくてよかったとしみじみ思う。すこしばかりマヤに同情した。


 マヤは奥に目をやると、パッと顔を輝かせる。


「やーっとお城への扉あんじゃん」


 この部屋は牢屋だけで、扉などなかったはず、そう思いながら振り返ると王様の姿もなければ牢屋もなく、そこには赤い敷物で道が示された厳かな扉しかなかった。


「さっさと倒そうぜ」


 重圧のあるその扉を押し開くと、大きな口の中が見えた。

 マヤは無言で扉を閉めて戻ってくる。


「なんか見えた?」

「マヤの背中で見えなかった。なにがあるの」


 僕はもう一度扉を開けると、後ろでマヤの「おまえ意外と根性あるな」と褒められた。

 大きな口が微動だにせずみっちり狭い通路を抑えており、この口の中以外に道はないようだ。

 上や下をみて、どこかで見たことがあると思っていたが、牙に穴があるのが見えて、もしかしてこれは蛇の口なのではないかと推察する。


「へぇぇびぃぃ」


 嫌そうな声を上げるマヤに、先輩もこちらに近寄って口を見て回る。


「ふんふん、こりゃこの中に入るしかないね」

「自殺行為だろ」

「そうかもしれないけど、そうじゃないかもよ。だってほら」


 彼女は指を鳴らすと、ホタルのひかりのような小さな明かりが蛇ののどの奥へと飛んでいく。

 暗くて見えなかったそこには地下に続く階段があった。


「さあ、どうする」


 彼女は楽しそうに嗤った。


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