青を求める者ー2
千の国はどこか狭い印象を受ける建物の多さだったが、ところどころに見える不思議な置物や、壁や縁に描かれたり掘られた文字や画風がなんとも物珍しく、なにか面白いことが起きそうな気分にさせてくれそうな、なんとも好奇心をくすぐられる場所だったが、それに対してがやがやと大勢の人がいるような喧噪の音がどこからともなくするのに、その姿が全く見えないちぐはぐな環境に大きな違和感を抱くが、今更だといえよう。
「かわいいうさぎちゃんだね」
ふいに後ろから声がして振り返ると、赤いワンピースを着た少女が立っていた。少し気の強そうな彼女はウサギを指さして愛想よくにっこりと笑う。
「とってもきれい。ねえ、ちょうだい」
腕の中のウサギが首を横に振る。
賢いウサギの意思を尊重して断ると、少女の顔がムッとした。それでもなお欲しいと食い下がる少女に困惑していると、ずいっと先輩が前に立ち、さっさと立ち去るように警告した。
そうすると少女はますます不機嫌な顔をして先輩を押しのけてこちらに向かって歩いてくる。
「なによ、ケチ。あなたにこれは必要ないじゃないっ」
そういって少女はウサギの耳をつかむとむりやり腕から奪って走っていった。
とっさのことで驚いていると、先輩に背中を叩かれた。おいかけよう。という声で我に返り、赤い少女の背中を追いかける。
赤い提灯の町の中を進めば進むほど、その建物の美しさに目を奪われた。
木工と石造り、瓦屋根は自分の住んでいた建物と同じものなのに、鮮やかな色もさることながら、寺のような作りなのに素朴さが一切ない絢爛さがどこか魅力的だ。
当たり前だが追いかけている最中に街の風景に目を奪われたせいで、少女とも先輩ともはぐれてしまった。裏路地のようなその場所でただ図んでいると、どこからか音がした。
かた、かたかた。
周りを見渡すと、ひときわ大きな葛籠が不自然に置かれていた。そしてそれの目の前にはキラキラ光る金色の曼殊沙華。とっておいたほうがいい、といわれた花に手を伸ばすと、それは前回同様光の粒となって手の中に入っていった。
ーーー これは竹などの植物からできているんだよ。みたことないのかい。
ーーー へえ、面白いね。 かくれんぼしたら見つからないかな。
ーーー みつかるよ。みんな同じこと考えるからね。
ーーー だよね。
誰かとの会話。
そう、たしかお古の葛籠をあげた時にした会話だった。何を入れようかなと喜んでいた声は思い出せるのに、その顔はまるで靄がかかっているかのように思い出せない。
思い出そうと集中していると、がたがた。と目の前の籠が揺れた。まるでここから出せと言わんばかりに
すこし警戒しながらも、それに手を伸ばす。無視することもできたが、ほんの少しの好奇心がそれをあけることに決めてしまった。
「やーーーーーっと出れたぜーーーー」
両手を伸ばしながら、きわどい服を着た少年が出てきた。
鮮やかな夕日を表現したかのような髪色の気の強そうな顔の少年はこちらをみると、にっかりと笑った。ちらりと見える鮮やかな口紅からみえる犬歯がなんともひとなつっこい印象を見せる。
「助かったぜ。あんがとうな。あたしの白い犬みたから助けてくれたのかい」
見ていないというと、彼は驚いた表情を見せた。
「まがいものの力でこの空間は歪んでいるのに、よくここまでたどり着けたな」
知らない単語だ。まがいもの、とはなんだろう。そう問うと彼は嘘だろと呟いで頭をわしわしとかきむしった。
「まがいものってのは」
と。彼が説明を始める前に上空から落とされた鳥の糞のように何かがべちゃり、べちゃりと音を立てて落ちてきた。黒い糞から生まれたそれはぐにゃりと骨を持たぬようでゆらめきながらこちらに迫ってくる。困惑していると気の強い少年は片手を天に向けると赤い炎が噴き出され、やがてそれは大きな青龍刀へと形を変えた。
「ちょうどよく出てきたあれだよ。ゆがみからでてくんだ。見つけたら倒す。覚えとけ」
そういいながら彼は武器を振りまわし、一体、また一体となぎ倒していった。彼に切られた物体は傷口が燃え上がり、轟轟と自身を焼き尽くし灰になって風に散る。この光景を、なぜかどこかで見たような気がしたが、どこだったか。
終わったのかと思えば揺らめくまがいものが再び現れる。
「時間たつとこいつらも強くなるから、さっさとやんぞ」
戦える前提の声掛けに困惑しつつ、見様見真似で片手を天に挙げると花ビラを散らして銃剣が現れた。歪で冷たい重いはずのそれはなぜか手にしっくりとなじみ、使い方が自然とわかる。
狙いを定めて敵の頭らしき部分を打ち抜くと、それは血しぶきではなく花びらを散らして灰となって消えていく。
「おお、お前春属性なのか。あたしは夏なんだ。ま、とりあえず」
彼は舌なめずりをすると背中を合わせて武器を構えた。
「ちゃちゃっとこいつら一掃するぜ!」
まるで舞を踊るような見事な手際で彼は敵を炎に包んでいく。
彼の服の裾の幾重にも重なってできたひらひらが風に靡き、まるで鳥の羽のようにも見えた。
不死鳥のようで綺麗だね。といえば、彼は頬を赤く染めて照れたように笑う。
「なあんだよお、照れんなあ。口説いてんのかァ。残念だけど、あんたはあたしの好みじゃないんだよねー」
口説いているつもりもなければ、そういう気もない。しかし彼は上機嫌に敵をより激しく消滅させていくとあっという間に裏路地に漂っていた嫌な気配は消えて、もとの静寂が戻った。
「よう、怪我ァない?」
彼の言葉に頷けば、白い鳥が突如上空から現れ、こちらを探るように三回周りを飛び回ると再び上空へと羽ばたいていった。目でそれを追っていると、彼はあぁ、と呟く。
「あいつのか」
といい終わらないうちに、上空から女の子が下りてきた。桜色の女の子、先輩。と声をかける前に同じく上空から飛び降りてきた犬と直撃する。首の上に与えられた衝撃に耐えきれずに倒れると、彼が慌てて駆け寄ってきた。
「悪い悪い、あたしの犬だわ」
「この子に呼ばれてきたんだけど、あれ。君、探したよォどこいったのかとおもった」
先輩に頭を軽くたたかれる。
白い鳥が先輩の頭の上にとまると、白い粒子になって消えた。
「はい、君のうさぎくん」
青い目のウサギが心配そうに駆け寄ってきた。首を抑えながら立ち上がると、彼に撫でられてご機嫌だった犬が白い粒子になって消える。どういう原理なのかわからないが、どうやら彼らは消えることができるようだ。対してウサギは消えない。
腕に抱えていると、彼は首を傾げた。
「お前ら知り合いなのか」
「うん、知合いたてほやほや。そっちは?」
「似たよーなもん」
二人は旧知の仲らしく、しばらく世間話をした後、思い出したようにこちらを振り返った。
「なあ新人お前名前なんてーの、あたしは誰よりも美少女真夏のマヤ様だぜ」
ふふん、と胸を張りながらどや顔でいうマヤを見て先輩が眉を潜めた。
「誰よりも美少女は私がふさわしいと思うんだけどッ」
「あんだよ、張り合うってのか」
喧嘩が始まりそうな二人を諫めつつ、そもそもマヤは男じゃないのか。と問うと、マヤは顔を真っ赤にして怒りをあらわにした。その横で余計なこと言うなよという顔をしている先輩から察するに何か地雷を踏んでしまったらしい。マヤは拳を握りながらこちらに近寄って叫ぶ。
「あたしはッ誰が何と言おうとッお・ん・な・だッ」
分かったかと耳元で叫ばれ理解したと頷くと、とりあえず納得したらしく離れた。
そういえば先輩の名前知らないというと、彼女も君の名前知らないや。と返す。そんな僕たちのやりとりをあきれた顔で見守っていたマヤはため息をついた後「さっさと自己紹介しろよ」といったので僕から名前を答える。
「ふーん、ヤマトね。私はイリス。でも全然先輩って呼んでくれていいんだよ」
むしろそう呼んでいてほしいのか、念押しのようにもう一度言う先輩に、わかったと頷く。
「わわわ」
突然地面が揺れると、頭上で揺れていた提灯が燃え盛り始めた。夕暮れだった景色が急に薄暗くなっていき、視界が悪くなっていく。
これは一体どうしたことかとおもっていると、二人はいつの間にか武器を構えて周囲を警戒していた。
「おい新人、武器構えとけ」
いわれて武器を改めて持ち直し構えると、暗闇から蠟燭のような明かりが揺らめいて近づいてきていた。ゆらりゆれてそれはやがて視界に入る距離までやってくる。
それは異様なほど笑顔な豚の頭をした人間らしきモノだった。
ゾッとするほどの笑顔で手には蝋燭を持っており、なにやら歌を歌っている。かなりの数がばらばらに歌っているため何を言っているかわからなかったが、かろうじて聞き取れた単語を合わせると……
よいのじかん よそもの ようこそ よろこんで
みつめてる みちびこう みんなまってた
ふやじょうのおうがまつ ふねはもうすぐそこに
いこうか
豚たちの手が伸びてくる。明かりを持つ両手と、獲物をつかもうと伸ばす手が六本。
困惑していると、迷わず青龍刀が手を切り落としていく。豚の嘶く声。黒い液体がその腕から零れ落ちていく。彼らもまがいものなのだろうか。
清廉な音が響いたと思ったら風に押されるように花びらが敵を攻撃していく。驚いて後ろを見ると、不思議な形の竪琴をもった先輩が音を奏でていた。目が合うとこれはリラだよ。と教えてくれた。
「数が多いな。前はこんなやつらいなかったぞ」
「うーん、まあ。新人くんが出てきた時点でなんか起きるだろうなとは思ってた」
「まあ確かにそうだな」
それはどういう意味かと聞くために口を開くと、ウサギの鳴き声が聞こえた。
油断していたのか、すぐ後ろに敵が迫っていたのだ。腕をつかまれ抵抗をするが六本の腕にはかなわい。もがいているとウサギは威嚇の鳴き声を上げながら敵の鼻頭に買いついた。その手が離れたので急いで距離をとると、真横を轟轟と炎が吹き荒れる。
「おいおい、大丈夫か」
なんとか。と返すが自分の代わりに豚人間にウサギがつかまってしまったことに気づく。。
急いで銃を構えて豚の頭を打ち抜くが、やはり数が多く、倒してもすぐにほかの豚人間がウサギをつかんで空飛ぶ船に乗って離脱してしまった。急いで追いかけようとするとマヤに待てと声を掛けられる。
「こいつらどうにかしないと、ボスのところ行ったって挟み撃ちされるわ」
「うーん、やっぱりクナウつれてきたらよかった」
でも遠いんだもんなぁあそこ。とぼやきながら確実に敵を倒していく先輩。
豚たちは恐怖心がないのか恐れずにニコニコと迫ってきたが、一体ずつ確実に倒すと増援はないようでやがては誰もいなくなった。やっと張りつめていた緊張感から解放され、肩で息をしながら地面に座り込む。
「この程度でへばってんのかよ」
二人の息は全く乱れておらず、へたりこんだこちらをあきれた顔で見ている。
「しょうがないよ、来たばっかだもんね」
慰めるように先輩がぽんぽんと僕の頭を軽くたたいているが、高速で永遠に叩くものだから頭の振動がすごい。
どうしたらよいのかと問えば、先輩は頭を叩くのをやめて上を見上げた。
「まあ、もともとの目的だったけど『ボス』を倒すしかないよね」
「前回はいろんな罠あってうざったかったけど、今回は手数多いだけで直球で楽かもな」
いつのまにか夜になりそうな雰囲気からあの夕焼けのような空色に戻っていた。どうやらこの世界に時間というものは存在しないようだ。なんとなくいろいろ理解し始めたころ、二人はなにやら話し合って決めたらしい。頷きあってこちらに来る。
「あたしもついていくから感謝しな」
「夏属性は炎とか攻撃性の強い魔法つかえるから頼もしいよ」
ちょっとうるさいのがたまに傷だけど、とぼそりという先輩に笑顔で「なんか言ったか」とけん制するマヤ。
仲が良いのだなとみていたが、ハッとしてウサギを助けに行くにはどうしたらよいのかと改めて尋ねると、先輩は上を指さした
「千の国にはお城があるんだけど、不夜城って呼ばれてて前回は金ぴかに輝いてたからある場所がすく分かったんだけど、今回は暗くて『上空らへんのどこかにあるだろう』ということしか分からない」
なぜ上空なんだと聞けば、大体いつも上空にあるからと不思議なことを言った。そもそも建築物は移動しないと思うのだが。上ということは浮いているのだろうか。確かに豚も空を飛ぶ不思議な船で移動していたが。
「住民に聞きたくても今回いないしね。適当に歩こうか」
そういって先輩は歩き出した。
二人の口ぶりから察するに、いつも国には何かしらの異変が起きており、建物は移動し、住民は消えたり現れたりするということらしい。なぜそんな異様なことにも平然としていられるのか、少しの頭痛を覚えながらも小さな背中を追いかけていると先輩が急に立ち止った。
「あ、クソガキその1」
少し前にウサギを盗んで逃げていった赤いワンピースの少女と目があう。少女は先輩を見ると「げ」といって走って逃げだした。
「ちょっと待ちなよ」
そういってリラを取り出すと音を奏でて少女の背中を思いっきり攻撃する。あまりの容赦のなさに驚いているとマヤに肩を叩かれた。
「大丈夫、あいつらどんな攻撃されても次の日にはケロッとしてるから」
少女は背中を攻撃され、思い切り転げていたが、平気な顔で起き上がり先輩をにらむ。
「なによう。ウサギもってないじゃない。いらないならわたしにくれたっていいじゃない。ケチ。けーち。けぇち。ほしかったのにぃ」
「あんたここが変わる前からうろうろしてるでしょ。不夜城どこにあるかしってる?」
「ふんだ。ケチに教えることなんてないわよ」
少女は頬を膨らませてそっぽむく。よほどウサギがほしかったのだろうか。しかしここでへそを曲げられていては何の情報も得られない。
そう思っていると先輩はにっこり、とリラを構える。次は容赦しなさそうな気配を察したのか少女は慌ててしゃべりだした。
「ま、まってよ。お城の詳しい場所はしらないけど、そこに行く道は知ってるよ」
「はよいえ」
「ふーんだ。タダでおしえるわけないじゃん。それ構えないでヨォ。いいのお、私が消えたらヒントすらないんだよ」
先輩は少し考えてリラを消して腕を組んだ。少女の要望を聞くというと、喜んでしゃべりだした。
「パンダのぬいぐるいがほしいの、とってきて」
それは竹林の中に生えているのだと少女は言った。竹林はこの道をまっすぐ行けばあるのだと、パンダは絶対青黒のものが欲しいのだという。何を言っているのかわからない。
二人のほうを見れば、不思議そうな顔をしているから二人からしても初耳なのだろう。
「華表の前で待ってるから、よろしくね」
そういって少女はにこやかに去っていった。
マヤは肩をすくめ「行くか」と歩き出す。
ウサギの心配をしつつ、僕は二人の背中を追いかけた。