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チャンスゲット~♪


 裏山は緑深くひっそりとしていた。


 プレゼントと切符はニレの大木のところに置いたとジェマが言っていたので、アメリアはそこを目指して進んで行く。


 禁足地のため裏山に足を踏み入れたのはこれが初めてだが、ニレの大木の場所は大体分かっている。高台に生えている大きな木なので、屋敷にいても見ることができたからだ。


 しかし山道に踏み入ってしまうと、方角がすぐに分からなくなった。道も曲がりくねっている。


 ひとりで上り坂を進むうち、アメリアは背後が気になりだした。足音が聞こえるわけではないのだが、付かず離れず迫って来る、何かの息遣いを感じる。


 ……誰か後ろにいる?


 パッと振り返っても、通って来た道には誰もいない。動物さえも。


「……ジェマ?」


 アメリアが裏山に行ったかどうかを確認するため、あとをつけて来たのだろうか?


 しかし返事はなかった。


 周囲を警戒しつつ、ふたたび進み始める。


 誰かにつけられているという思いは、足を進めるごとに強まっていった。


 少し開けた場所に出たので、崖に寄りかかって息を吐く。低い崖で高さは一メートル半くらい。崖の奥は緑が茂っている。


 辺りを見回してから視線を正面に戻すと、やぶがガサリと揺れ、獣の体がゆっくりと現れた。


 ――狼だ。


 アメリアはゴクリと唾を飲んだ。言葉が通じなくても分かる――狩られる。


 喉の奥をぐるるる……と鳴らしているし、鼻の上に皴が細かく寄っている。


 一匹、二匹、三匹、四匹……次々出て来る。あっという間に七匹になった。


 私の体、骨以外は残らないかもしれないわ……アメリアは終わりを悟った。せめて喉の動脈からいってほしい、ひと思いに……。


「――娘よ」


 突然、背後から呼びかけられ、アメリアはビクリと肩を揺らした。


 アメリアは背丈より低い崖に寄りかかっているので、声をかけてきた誰かは、崖の向こうの茂みに潜んでいるのだろう。


「振り返らずに聞け、娘――」


 アメリアはパッと振り返った。


 すると崖のふちに一匹の蛙がいた。緑の蛙だ。


「おい、振り返らずに聞けと言っただろうが!」


 蛙がカッとなって怒鳴る。


 よく分からないが、アメリアは謝った。


「ごめんなさい、でも警告が遅いと思うわ」


「わしのせいだと言うのか」


「あなたの台詞の『振り返らずに聞け』の『振り』あたりで、私はもう振り返っていたもの。やはり遅いわよ」


「ええい、この粗忽そこつ者め! もう少し慎重に動け!」


「ごめんなさーい」


「くっ……手応えのないやり取り!」


 地団太を踏む蛙を見て、アメリアは『あらまぁ』と口元を手で押さえた。そしてハッとする。


 あ、そういえば狼は?


 アメリアが視線を戻すと、七匹の狼たちはお座りをして、小首を傾げてこちらを眺めていた。


 蛙が狼たちに告げる。


「……お前たち、もう行っていいぞ」


 狼たちは舌を出し、ハッハッと数回息を吐いてから腰を上げ、去って行った。


「友達?」


「友達っていうか……手下っていうか?」


「あら、上下関係があるの?」


「そらあるさ」


「蛙くんが皆のボスなの?」


「そうだ。ていうか蛙くんて呼ぶのやめろ。おぬしは友達じゃない」


「じゃあ蛙さん」


「よし」


 蛙は小さく頷いてみせ、腕組みをした。


 見た目は蛙だが、普通に直立二足の姿勢だし、言葉も喋っているし、ただものではない。


「娘、なぜ禁足地に入った」


「列車の切符を探しているのです」


「なんだって?」


「大切な切符なんです。私は明日旅立つのですが、その切符がないと列車に乗れないので、嫁げません。ジェマは切符を裏山に置いたと言っていました。ニレの大木のところに」


「事情はよく分からないが、それ、ジェマとやらに騙されているぞ」


「え?」


 アメリアは目を丸くする。


 蛙が右の口角を上げ、フンと鼻で笑った。


「この裏山にはもう何百年も人が入っておらん。わしはここのぬしだからな。侵入者がいれば気づく」


「えー……じゃあ」


「無駄足じゃな」


「そんなぁ」


 肩を落とすアメリア。


 それを見た蛙がキュッと顔を顰める。


「おい娘、呑気じゃな。おぬしは禁足地に足を踏み入れたのだぞ。これからものすごいペナルティがあるぞ」


「どんなペナルティですか?」


「すごく痛い思いをするか、すごく醜くなるか」


「どちらも嫌です!」


 アメリアは両手をすり合わせて蛙を拝んだ。


「蛙さん、私の顔を見てください――超絶美形なこの顔を!」


「お? ……お、おう」


「こんな人間国宝級の超絶美人の顔を醜くしてしまうのですか? もったいなくないですか?」


「何を言っとるんだ、おぬしは、図々しいな! じゃあ痛いほうでいくか」


「嫌です、痛いの嫌ですぅ、後生ですからぁ」


 アメリアがみっともなく懇願するので、蛙は辟易して、しばし黙り込んだ。たっぷり時間をかけてから、蛙がポツリと呟きを漏らす。


「ええと、じゃあ……おぬしが何か面白い話をして、わしがそれに満足できたら許してやろう」


「いやったぁー、チャンスゲット~♪ たなからぼたもち~♪」


 アメリアがピョンピョン跳ねてニコニコ顔ではしゃぐもので、蛙は温情をかけたことを早くも後悔し始めた。



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