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鼻で笑うジェマ


 嫁入りのためオルウィン伯爵家へと旅立つ日の、前日、昼下がり。


「――アメリアお義姉ねえ様」


 ノックのあとで、ジェマが部屋に入って来た。


 ジェマはすでにファース侯爵家の養女になっているので、もうアメリアの侍女という身分ではない。婿取りをして、将来的に彼女は『ファース侯爵夫人』になるので、アメリアより上の立場だ。


「どうかした?」


「明日、アメリアお義姉様は旅立ってしまいますよね」


「ええ」


「その前にお詫びしておこうと思いまして」


 ジェマが近づいて来て、そっと手を握った。


「カイル様をとってしまって申し訳ありません」


「あなたが謝ることじゃないわ」


「でも……」


「カイル様はあなたが好きなのだから、これでよかったのよ」


 ジェマは『そういうわけにも』というような複雑な顔をしている。


 アメリアは淡い笑みを浮かべてみせた。


「お幸せに、ジェマ」


「あの、私……旅立つアメリアお義姉様にプレゼントを用意したのです」


「何かしら?」


「侍女頭のグリアに取り上げられそうだったから、裏山に隠しておきました。ニレの大木のところです」


 それを聞き、アメリアは驚きのあまり目を瞠った。


「ジェマ、裏山に入ってはいけないのよ。あそこは禁足地なの」


「そうなのですか? でもプレゼントはもう置いてきてしまったので……」


「困ったわねぇ」


「アメリアお義姉様は私からのプレゼントは要らないのですね。『あそこは禁足地なの』なんておっしゃっているけれど、単に受け取りたくないだけでは?」


 悲しげに見つめられ、アメリアは「うっ……」と半歩後ずさった。


「そんなことないわ。本当にあそこは禁足地で、足を踏み入れたのがバレたら、私はトゲトゲの冠で虐待されるのだけれど」


「もうこの屋敷を出て行かれるのに、トゲトゲの冠が怖いのですか?」


 ジェマがそう尋ねる声は弱々しいのに、アメリアは不思議と鋭いナイフを突きつけられている心地になった。


「あの、ジェマ」


「アメリアお義姉様はカイル様がまだお好きなのですね。私に激しく怒っていらっしゃるのですね。カイル様が私を選んだから」


「いえ、そうじゃなくて」


「まさかプレゼントを受け取ってもいただけないなんて……」


 ジェマが俯き、ハンカチを目元に押し当てたのを見て、アメリアは冷や汗をかく。


 ああもう困ったわ……。


 ところがここでもっと困った事態に。


「アメリアお義姉様、プレゼントと一緒に、列車の切符もそこに入れておきましたので」


「え?」


 仰天。


「使用人にオルウィン伯爵領までの切符の手配を頼みましたでしょう? 私が代わりに手配しまして、プレゼントと一緒にしておきました」


「そんな」


「アメリアお義姉様のために、切符をもう一度取り直すお金は出してもらえないと思います。禁足地に行かないと、明日、列車に乗れませんね」


 ジェマにそう言われ、アメリアは覚悟を決めた。……決めたというより、決めざるをえなかった。


 今の話を両親に話しても、元凶のジェマは一切咎められず、『切符を紛失した』とアメリアが理不尽に責められるに違いない。彼らに道理は関係ないから、身の回りで不手際が起きれば、それはすべてアメリアのせいになる。


 せっかく明日屋敷を出て行けるというのに、この千載一遇のチャンスをフイにしたくない。


「……分かったわ、取りに行ってくる」


 アメリアが覚悟を決めて部屋を出て行くと、残されたジェマはニヤリと昏い笑みを浮かべた。


 これで話のネタがひとつできた。後日、皆に告げ口してやろう。


「アメリアお義姉様が、旅立つ前に『禁足地を踏み荒らしてやるわ』とおっしゃって。良くないことだと、お止めしたのですけれど……」


 それを聞けば皆がアメリアに怒りを抱き、『最後までどうしようもない娘だった。出て行ってせいせいした』と悪口が止まらなくなるだろう。


 アメリアの評判が下がれば、反対にジェマの評判は上がる。


「私のために、せいぜい皆に嫌われてよね、アメリアお義姉様♡」


 ジェマはポケットから列車の切符を取り出し、アメリアのベッドの上に放り投げた。


 ――プレゼントを用意して禁足地に置いた、列車の切符もそこに入れた、というのは嘘だ。


 あとで「探したけれど、なかった」とアメリアから怒られたら、「ごめんなさい、私の勘違いでした。切符はベッドの上に置いておきました」と表面上だけ謝っておけばいい。


 切符を破り捨ててしまわなかったのは、このまま屋敷に居座られると困るから。どうか嫌われ者のまま、明日速やかに追い出されてね。


 チョロイこと……ジェマは鼻で笑った。



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― 新着の感想 ―
[一言] アメリアはこれまでよくこの家で暮らせてましたね
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