ローガン少年&エレン&コネリーの奇妙な会話
――パタン。
エレンが部屋から出て行き、扉が閉まった。
アメリアはバルコニーに佇み、はーっと大きく息を吐いた。
「ジーン様がほかの女の子とデートに行くのを、玄関ホールで見送らなくちゃいけないのぉ? ……無理ぃ」
この地方にはそういう変わった習わしがあるのかしら……妻は夫の女遊びをしっかり把握すべし、みたいな。
アメリアの場合はまだ妻ではないけれど、『婚約者なのだから、そろそろやり方を覚えなさい』――てこと?
絶、対、無理……!
先ほどアメリアはジーンが可愛らしい女の子と抱き合い、その子からチケットをもらうのを見ている。その印象があまりにも強くて、『あのふたりがオペラに行くのね』と思い込んでしまった。
そしてそれを土台として考えるので、すべてが歪んで解釈される。
エレンから、「支度を手伝います。あと二時間で完璧に身なりを整えて、玄関ホールに出て行く必要がございますので」と言われた時は、度肝を抜かれた。
――えっ! 浮気を許すどころか、ご丁寧に見送りまでしなくちゃならないの? しかもわざわざ着飾って見送るの? 現れた愛人に対して、本妻はわたくしですのよ――の威嚇?
怖さしかない。
……そういうの、したくなぁい!
アメリアはバルコニーの端に歩み寄り、下を見おろした。
「……抜け出しちゃお」
確か夕刻、五時半に玄関ホールで見送りしなさい、ってことだったわよね? じゃあその時間は部屋にいなければいいんだわ。
七時くらいにまた戻って来よう。
先ほどはあまりに驚きすぎて『NO』と言えなかったのだが、あとですっぽかしを怒られたら、覚悟を決めて『次があったとしても、その役目は拒否する』とはっきり伝えよう。
ただ、どうやって部屋から出ようかな……?
いつも散歩の時は、普通に屋敷の廊下を通って庭に出ていたのだが、今回はエレンたちに外出を気づかれたくない。捕まってしまったら、五時半のお見送りの儀式に強制参加させられるかもしれない。
――そうだわ!
アメリアはいいことを思いついた。部屋に入り、ベッドの下から魔法のステッキを取り出す。
「――伸縮はしご、出て来~い!」
ポン♪
魔法のステッキをひと振りすると、ステンレス製の伸縮はしごが出現した。
これは前世、友達のナナちゃん宅にあったのと同じものだ。ナナちゃんパパが庭木の剪定に使っていたらしい。
魔法のステッキはアメリアが前世で口にした食べもののほか、肌に触れたアイテムはなんでも出すことができる。
「わーい、この魔法のステッキ、万能~♡ サンキュー蛙さん♡」
アメリアはテンションが上がり、その場でクルリとターンをした。
「そうだ――リュックも出て来~い!」
ポン♪
「あがる~」
ドレスにリュックの組み合わせ――これはこれでなんだか可愛いぞ~♡
アメリアはリュックに魔法のステッキを入れてから背負い、伸縮はしごを持ってバルコニーに向かった。
作業すること数分……。
アメリアは二階バルコニーの手すりに、はしご上部のフックを引っかけ、一階まで下ろした。
そしてそれを伝って脱出することに成功したのだった。
* * *
部屋付メイドのエレンはジーンの執務室に向かった。アメリアとのやり取りを報告するためだ。
ノックをしてから入室すると、中には当主のジーン、彼の友人であるコネリー、そしてローガン少年の三人がいた。
エレンはローガン少年に微笑みかけてから、ジーンのほうに視線を転じた。
「アメリア様は支度をご自身でなさるそうです。そばに誰かいるとやりづらそうだったので、私は退室しました」
「ありがとう」
ジーンはまずねぎらってくれた。
「コネリーとローガンにはこれから半休を取ってもらおうと思っている。君も休んでくれ」
思ってもみなかったことで、エレンはパチリと瞬きした。
戸惑うエレンに、ローガン少年が瞳を輝かせて声をかける。
「あの、エレンさん――よかったら僕と一緒にお出かけしませんか?」
目を瞠るエレン。
そしてそれ以上に目を瞠る、ジーン&コネリー。
コネリーは弟の大胆さにおそれおののいた――純粋であるがゆえの、ド直球、駆け引きなしの口説き……!
男性陣がドキドキしながら結果を待っていると、エレンがローガン少年を見つめ返してふわりと笑んだ。
「ええ、喜んで」
これを聞いたコネリーは心の中で叫んだ――『OKなんかーい!』
純粋なローガン少年は天使のような笑みを浮かべる。
「わぁ、嬉しいなぁ!」
「ローガン、どこへ行きたいのですか?」
物柔らかに尋ねるエレン。
「町に買いものに行きたいです」
「いいですね」
「先ほどジーン様から初めてのお給金をいただいたんです。それでエレンさんに髪飾りを選んでもいいですか?」
兄のコネリーは味わったことのない感情に振り回され、大混乱――『弟よ、それ、遊び人のやり口ー……!!!』――え、うちの弟、本当に十二歳?!
エレンが照れたように返事をする。
「なんだか申し訳ないです。せっかくだから、お給金はご自身のために使ったらどうかしら?」
「エレンさんの髪飾りを選ぶことが、自分にとって一番意味があることなんです」
やだもうキュン……♡ その場にいた全員がなんとなく頬を赤らめた。
エレンがふふ、と笑う。
「じゃあ私も自分のお給金で、ローガンに似合う何かを探しますね」
「え……だめですよぉ、エレンさん、気を遣っちゃぁ」
「いいえ、決めました。じゃあローガン、出かけましょうか」
コネリーが咳払いし、慌てて立候補した。
「女性と子供だけの外出は危ない――俺も付いて行っていいだろうか?」
「ありがとうございます~」
ローガン少年&エレンからフランクにOKされ、なんだか少し照れている様子のコネリー。彼、普段はものすごくクールなのに、それは意外なほど可愛いリアクションだった。
コネリーは二十代半ばで、エレンはその五つほど上――実はふたり、そんなに年齢が離れていないのだ。だから今、コネリーが動揺しているように見えるのは、相手を意識しているせいかもしれない。
三人がお喋りしながら執務室を出て行き、ジーンはデスクに頬杖を突いてくすりと笑みを漏らした。




