4.最後に部屋を出たのは
その後──
王太子夫妻とブレザックは大宮殿に移動して、地方貴族達と昼餐。
昼餐が終わった後、アルフォンスとブレザックは予算準備委員会に出席した。
ちなみに、ジュスティーヌは王都の女学校を公務として訪問したそうだ。
女官候補達は、執務室を出た後、この建物の出入り口にあるホールで王太子夫妻を見送って、今日はそのまま昼前に解散。
ノアルスイユ達三人は一緒に地下にある文官用の食堂で昼飯を食べ、ジェルナンドは宮廷庁の会議に、ノアルスイユは公文書館に、クレアウィルは外務省との打ち合わせとバラバラになった。
そして、室長のロルサンジュ以外、ほぼ同時に戻ってきたら──どら焼きがなくなっていたのだ。
「最後に部屋を出たのは誰なんだ?」
「私です」
覚悟していたノアルスイユは即答した。
「えっと、ノアルスイユ先輩、一度出てから、ちょっと中に戻ってましたよね。
あれはどういう……」
クレアウィルがおずおずと訊ねてくる。
「え!? どどどどういうことだ!?」
アルフォンスは、声を上げて2人を見比べた。
「いやいやいや、ほんとにちょっとだけで。
給湯室まで行くのは無理です」
クレアウィルは慌てて補足した。
「そうです。
執務室の窓が開いていたような気がして確かめたんですが、勘違いでした」
「窓が? 開けた覚えはないが」
アルフォンスは首を傾げた。
この建物、地中熱を利用した全館冷暖房システムが入っていて、あまり窓は開けない。
今日も閉まっていたはずだと、他の秘書官達もうなずきあう。
「なんでか気になったんです。
ちょっと、確認してもいいですか?」
「もちろん」
ノアルスイユは前室に向かった。
ぞろぞろとアルフォンス達がついてくる。
ノアルスイユは、前室と執務室を結ぶドアを、窓を確認したときのように開いてみた。
なにも異常はない。
ドアを閉じて前室に戻り、ソファのそばに立つと、眼鏡の真ん中に指を添えたまま軽く眼を伏せる。
まるで推理を巡らせる名探偵のような立ち姿だが、考えなければならないのは「なぜ執務室の窓が開いている気がしたのか」という当人にも曖昧すぎる問題。
なんとなく窓が開いている気がした、それだけのことだ。
どうやって、その理由を思い出せばよいのだろう。
ノアルスイユは固まった。
ハシビロコウのように仁王立ちになったまま動かない。
「……ここを出た時の動きを再現してみるのはどうでしょう。
殿下が退出されたあたりから」
固まったままのノアルスイユを見物するのに飽きたのか、動きたがりのブレザックが言い出した。
それが良かろうということになって、今度は執務室に皆でわらわらと移動する。
まず、退出前の再現からだ。
アルフォンスとブレザックが執務机を背に立ち、ジェルナンド、ノアルスイユ、クレアウィルは窓を背に並ぶ。
もちろん窓はきちんと閉まっていて、その両脇には紺色のカーテンが乱れもなくまとめられている。
配置を確認したところで、再現スタート。
まず、アルフォンスとブレザックが前室に移動し、残り三人が秘書官室に寄る。
それぞれ鞄をとって、秘書官室から前室へと向かう。
席の配置の関係で、自然、クレアウィル、ジェルナンド、ノアルスイユの順番になった。
本当はこの時点で外に出ていたアルフォンスとブレザックがすみっこから見守る中、三人は廊下へと向かう。
「僕たちが出てきた時には扉が閉まっていたので、僕が開けました」
言いながらクレアウィルが名を唱えてドアのロックを解除して廊下に出る。
ジェルナンドが続き、閉まりかけたドアに靴先を突っ込んで閉じないようにして、ノアルスイユを待った。
行儀が悪いが、放っておくと自動的に閉まって施錠されてしまうので、秘書官達はよくこうしている。
「あ」
最後に出てようとしたノアルスイユが声を漏らした。
「そういえば、この時、ソファの角にひっかかってつんのめったんでした」
皆で動きを再現したことで、ぽろっと思い出せたようだ。
「君らしい。また読みかけの本のことでも考えていたんだろう」
アルフォンスが思わず笑う。
「どんな風に転んだんだ?」
「確かこんな感じで」
ノアルスイユは再現しようとして、思いっきり転びかけた。
床に手を突き、てへっと誤魔化しながら立ち上がる。
「ふあああああああああ!?」
不意にノアルスイユが奇声を上げ、皆、びくぅと跳ねた。
そのまま、執務室のドアに駆け寄ってばっと開く。
その向こうは、さっき見た通り、窓が閉まったままの執務室だ。
「そうか、そういうことだったのかッ!!」
一人で納得したノアルスイユは、きょとんとしている皆の方を異様に輝いた眼で振り返った。
「殿下、どら焼きの行方がわかりました!
どら焼きを食べた犯人は……この中にいるッ!!!」
「「「「な、なんだってー!!!!」」」」
今度こそ、全員がぶったまげた。