1.眼鏡まみれの王太子秘書官室
高取和生先生の「眼鏡ラブ企画」参加作品です!
「ふごごごご……」
ある日の夕刻、王太子秘書官グザヴィエ・ノアルスイユは、王室文書館から借りてきた地方公務の下調べ用の資料を両腕いっぱいに抱え、ともすれば崩壊しそうになるのを顎で抑えたりしながら、宮廷庁のはしっこにある王太子秘書官室を目指していた。
書痴揃いの侯爵家に生まれ、父母からも兄姉からも英才教育を受けまくった結果、8歳の時から眼鏡をかける羽目になったノアルスイユは、銀縁のスクエア型眼鏡がトレードマーク。
王立大学の法科を首席で卒業して3年目、それなりに仕事を回せるようになってきたところだ。
が、どうにか無事たどり着いたところで、ノアルスイユは困惑した。
王太子秘書官室に入るには、ドアノブを握り、魔導認証でロックを解除しなければならない。
だが、資料が多すぎてドアノブに手が届かない。
といって、仮置きできるようなテーブルも近くにはないし、近衛騎士は長い長い廊下の向こうに立っている。
「あ。ノアルスイユ先輩、お疲れ様でーす」
あうあうしていると、後輩のクレアウィルが後ろからやってきた。
小柄で童顔のクレアウィルは、黒縁の丸眼鏡。
去年大学を出たばかりで、人懐っこい性格でもあり、皆に可愛がられている。
「えっらい大荷物だな。
雪崩れると面倒だ。
少しよこせ」
クレアウィルと一緒に戻ってきた、赤縁ボストン型眼鏡をかけたジェルナンドが手を差し伸べてくれる。
背は高いがヒョロガリなノアルスイユは、「ありがとうございます」と遠慮なく半分くらい持ってもらった。
ノアルスイユの2年先輩にあたるジェルナンドは、本来なら眼鏡をかける必要はない。
だが、まだ出先から戻っていない秘書官室長のロルサンジュはべっ甲縁ウェリントン型、同じく他出中のやたらガタイが良くて騎士に間違われがちな好青年ブレザックは金縁オーバル型と、王太子秘書官室に務める5人のうち4人がメガネなので、ジェルナンドも面白半分に伊達眼鏡をかけるようになったのだ。
もともとモテる方だったが、眼鏡をかけるようになってから、以前は反応が薄かった眼鏡好きの令嬢たちにもモテるようになり、とっかえひっかえ色んな眼鏡を試しているところ。
つまり、王太子秘書官室で働く5人の男性は全員眼鏡。
年齢順にまとめると、
イケオジ眼鏡ロルサンジュ室長42歳:べっ甲縁ウェリントン
チャラ眼鏡ジェルナンド27歳:赤縁ボストン(暫定)
ガチムチ眼鏡ブレザック26歳:金縁オーバル
王道こじらせ眼鏡ノアルスイユ25歳:銀縁スクエア
ショタっ子眼鏡クレアウィル23歳:黒縁丸眼鏡
となる。
ちなみに室長以外は皆未婚だ。
室長のロルサンジュから、将来侍従となるつもりならさっさと結婚しろ的な圧がしばしば発せられているのだが、ジェルナンドは目移りしすぎてなかなか決められず、ブレザックは筋トレに夢中、ノアルスイユは初恋のピンク髪の男爵令嬢を忘れかねてという三人三様のダメっぷり。
一番若いクレアウィルに、先輩3人が先を越されてしまうかもしれない。
なにはともあれ、クレアウィルが自分の名を唱えながらドアノブを回してロックを解除し、扉を抑えてノアルスイユとジェルナンドを通した。
魔導錠のついた扉をくぐってすぐが、王太子執務室の前室。
正式な謁見室は別にあるが、打ち合わせなどで執務室に来る客もいる。
その客が待機する部屋で、真ん中に大きなソファセット、扉の裏の隅に、夜光貝を散りばめた漆塗りの大きな衝立があるだけの、窓もないガランとした部屋だ。
奥が王太子執務室へ通じるドア、右手に王太子秘書官室へ通じるドアがある。
引き続き、秘書官室のドアをクレアウィルが開けてくれた。
秘書官室は、窓際に室長ロルサンジュの大きな執務机、真ん中にノアルスイユほか4人の秘書官の机を袖机を挟んで置いたレイアウトになっている。
廊下側に小さな給湯室があり、窓側に王太子執務室に直接通じるドアがあるほかは、資料の棚で埋まったよくある事務室だ。
もちろん、場所が場所なので、内装も各種什器も一級品ばかりだが。
「お、皆帰っていたか」
ノアルスイユの机の上に資料を積んでいると、予算委員会に出席していた王太子アルフォンスと、会議に随伴していたブレザックも戻ってきた。
ブレザックは自分の机に向かい、アルフォンスは秘書官室の隅にある給湯室へさささと向かう。
「殿下、例のアレですか?
茶を淹れてお持ちしますが」
「いや、大丈夫だ。自分でやる」
軽く手を振って断ると、アルフォンスは給湯室へと入っていった。
金髪碧眼の超絶美形、乙女が夢見る王子様を具現化したようなアルフォンスは25歳。
気さくな人柄で、気分転換だと言いながら皆の分まで茶を淹れてくれることも珍しくないので、そのまま行かせたが──
「どら焼きが! 私のどら焼きはどこだ!?」
すぐに、アルフォンスは飛び出してきた。