炎に魅せられて
闇に暗躍し、ターゲットの命を奪い取る裏稼業・殺し屋。
これは、その中でも最強と謳われていた1人の元殺し屋と仲間達の新天地での物語。
初対面のフローラはともかく、雲雀が気に入らない相手に噛みつくことは日常茶飯事。容易に想像がついた見慣れた光景に、龍は『またか』といった感じで肩をすくめる。
「お互い、苦労が絶えませんね。ルドルフさん」
「えぇまぁ。ですが、どんなに大変でも、暇をいただくつもりはありません」
「使用人としての忠義があるから、ですか?」
「いえ。おそらく、あなたと近い感情かと」
そう答えると、ルドルフは眼帯に触れながら、ガーシュタイン家を襲ったある事件について語り始めた。
今から10年ほど前、フローラがまだ小学校低学年だった頃、ガーシュタイン家が所有する別荘が全焼する火事が起きた。
当時、家族や使用人達と一緒にそこに泊まっていたフローラは、間一髪のところをルドルフに救われたことで、父親共々命拾いしたが、ルドルフはフローラを火の手から庇ったことで左目に大火傷を負い、彼女が敬愛する母親は逃げ遅れたことで、そのまま帰らぬ人となってしまった。
突然の母親との死別。普通なら悲しみだけが心を占めるはずだったが、屋敷だけでなく庭の花壇に植えられた花を包み込んだ炎は、この世のものとは思えないほど芸術的に美しく、少女の目に深く焼き付いた。
以来、すっかり炎に魅せられてしまったフローラは、様々な経験を重ねた結果、人が死ぬ時の炎が最も美しいという結論に辿り着き、『炎の魔女』として殺し屋稼業をするようになった。
本来なら、ルドルフは使用人として止める立場にあるのだが、彼もまた、フローラとフローラが生み出す炎の美しさに魅了されてしまった身。主人のためならと、献身的にサポートをするようになった。
「あなたも大切な人のためなら、どんなことだってできますし、苦にはならないでしょう?」
彼の言ったことは正しい。
セクハラにパシリ、喧嘩に罵倒。結婚前からそういったことは多々受けてきたが、嫌いになって突き放したことは1度もない。未来や奏のピンチを救いに行った時もそうだ。ほっとけば自分だけでも助かるのに、彼はそうしなかった。
そういった心境の根底にあるのは、自己犠牲だけでなく、大切な人への愛情もあったに違いない。