聖民なんていない!
闇に暗躍し、ターゲットの命を奪い取る裏稼業・殺し屋。
これは、その中でも最強と謳われていた1人の元殺し屋と仲間達の新天地での物語。
これで警察の動きは抑えた。あとは彼女だけだ。
「紗那さん、お願い。これ以上罪を重ねないで」
「邪魔しないでください! あの人達は清志郎さんを侮辱したんです! それに、元はといえば、龍さんがあの人を殺さなければ――!」
紗那の言い分もわかる。慕っていた人を貶されたら誰だって腹が立つし、殺した奴に止められる筋合いもない。
それでも龍は、説得をやめなかった。
「僕はあの人のマニフェストには賛同していた。確かにすごいよ。彼の理想が実現すれば、きっといい世の中になってたと思う。でも、だからって人を選んで、選ばれなかった人の命を奪うなんて間違ってる。あの人は、やり方を間違えたんだ」
「でも、でも! 私はあなたのことを、聖民だと思っていたのに……」
期待を裏切られた悲しみから紗那がそう口にすると、龍は彼女の両肩に手を置き、
「紗那さん。聖民なんてどこにもいない! この世界には愚民しかいないよ。人って、間違って、傷付いて、嘘を吐いて、憎んで、嫉妬する。それでも正しいって、聖民だって言える? 言えないよね? それぐらい人は愚かなんだよ。だけど、人は完璧じゃないからこそ成長するし、誰かを愛することができる。その可能性の芽を摘んでしまうほど、君は心底憎んでるの?」
と、訴えた。彼からの正論に紗那は反論できず、口ごもる。
「そんなわけ、ないよね? なら、その包丁を離して。その包丁は、人を殺すために作ったんじゃない。人を幸せにするために作ったんだ。だから、今は離して。君が罪を償って帰ってくるまで、僕が手入れして預かっとくから。そして、その日が来たら、これも一緒に受け取ってほしい」
龍はそう言うと、ポケットから手乗りサイズの箱を取り出し、中に入った指輪を彼女に見せた。
これが意味することは、1つしかない。
「え? これって……」
「うん。僕は清志郎さんを殺めたし、彼のような高い理想もない。それに既に妻帯者だから、一途とも言い難い。そんな僕でよければ結婚してください」
これから連行される爆弾犯相手に公開プロポーズ。雲雀ら家族や仲間達は、龍が事前に用意してたのもあって、なんとなくこういう展開になると予想していたが、野次馬達までそうとは限らない。シェイラのように2人の人柄を知る住民は祝福しているが、大半は頭のネジが外れたお人好しの行動に、困惑したり、反対したりしている。
そんな外野の声も、龍からすればどうでもいい。覚悟を決めて口に出した言葉を撤回するつもりはない。
その本気が彼女にも伝わったようだ。
「嘘のない言葉って、こんなに力強いんですね」
「読心能力がまだ……うん。とっても、ね」
柚がそう答えると、紗那は包丁からようやく手を離し、さっきまでの悲しみとは違う涙を流した。
「私、いっぱい人を殺してしまいました。もしかしたら、死刑になるかもしれません。そんな私でいいんですか?」
「君がいいんだ。仮に君が死刑になっても、僕らはこの島で君のことをずっと、ずっとずーっと! 待ってるよ。そしてもし、死刑にならなかったら、この指輪を取りに来て。約束だよ」
「龍さん……はい。約束、します」
振り絞るようにそう答えると、紗那は龍の胸の中で号泣した。そんな彼女を慰めるように、龍は紗那の頭を何度も撫で続けた。




