ジャーナリスト界のハイエナ
闇に暗躍し、ターゲットの命を奪い取る裏稼業・殺し屋。
これは、その中でも最強と謳われていた1人の元殺し屋と仲間達の新天地での物語。
と、和やかな空気に包まれていると、60代半ばぐらいの性悪そうなスキンヘッドの男が、水を差すように話しかけてきた。
「お話し中のところすみません。ちょっとばかし取材をしたいのですが、よろしいですか?」
男のことをよく知ってる柚は、一瞬顔をしかめたが、すぐに天然キャラを演じて平静を装った。
「誰?」
「ゴシップ専門のジャーナリストですよ」
「どうもどうも。毒島文太と申します。日本にいた頃は聞屋をしてましてね。1年半前に漂着してからは、こっちでフリージャーナリストとして仕事をさせてもらってます」
文太と名乗った男は、被っていたハンチング帽をとりながら、必要以上に丁寧な挨拶をした。
「……その名は知っています。確か、『ジャーナリスト界のハイエナ』でしたっけ?」
「はっはっは。これは耳が痛い。まぁそんな異名がついても仕方がないぐらい強引でしつこいことは承知してますがね、本を正せば、そういったネタを隠し持ってる連中が悪いんですよ」
「記事で他人の人生を滅茶苦茶にすることに快楽を覚えてる人が、よく言いますね」
「そういう性分なんですよ」
嫌悪感を露わにする飛鳥の視線も指摘も、文太には馬耳東風らしい。口ではあぁ言ってるが、反省の色がまるでない。
「それで、話ってなんですか?」
「おぉそうだったそうだった。なぁに大したことじゃない。お嬢ちゃんと仲睦まじく話してたそこのご婦人、さっき小耳に挟んだが、斉藤飛鳥っつったか?」
名前を聞いていたのなら、一部始終も見ていたはず。なのに、白々しく聞いてくる文太の態度に、飛鳥は内心イラっとしたが、隠し通せないと判断し、素直に認めた。
「その名前にその顔……ひょっとして、ブラック・ナイトを率いていた黒龍こと斉藤龍一の親族じゃないかと思いましてね。どうなんですか?」
「…………」
「それに、嬢ちゃんもブラック・ナイトの関係者と思われるこのご婦人に礼儀を尽くしている。まるで、主従関係があるかのように、これはどういうことだ?」
嫌な聞き方ではあるが、否定はできない。反論できず、揃って沈黙する2人の反応に、文太は肩をすくめる。
「ノーコメントってわけかい。だとしたら、ますますわかんねぇな。ここ2年で頭角を現し、『千の顔を持つ少女』と呼ばれるほど数々の役を演じてきた名女優・黒木蜜柑……」
そう言って、互いの鼻が当たりそうになるほどの距離まで接近した文太は、
「……あんたの本当の顔はどれだ? お茶の間やマネージャーに見せている無邪気な天使か? それとも、今回のドラマみてぇな人を不幸にする悪魔か。どっちだ?」
と、悪意に満ちた笑みを浮かべながら尋ねた。
圧迫感とか加齢臭とか、そういう問題の話じゃない。取材とは名ばかりの取り調べのような追及だ。
そのあまりにもヒドいやり口に、とうとう柚の堪忍袋の緒が切れた。
「余計な詮索はしない方が身のためですよ?」
「あ?」
「でないと、破滅することになるので。あと、もう1つだけあなたに言っておきたいことがあります」
そう言うと、柚はデビルアイを全開にし、
「あなたの異常すぎる探求心で、飛鳥さんの心を害するようなマネはやめてください。あなたが知りたいのは、私のことだけでしょう? なら、彼女は関係ありません。即刻、飛鳥さんへの取材は断念してください」
と、睨みつけながら強い口調で訴えた。
自分のためではなく、他人のための怒り。かつての部下の思わぬ反論に、飛鳥は驚きつつも感謝する。
一方で文太も、一定の収穫は得られたようだ。満足げに微笑むと、自ら彼女と距離を取った。
「へっ、なるほど。これが嬢ちゃんの本当の顔ってわけか。それが知れただけでも儲けもんだ。わかった。2度とこのご婦人のことは嗅ぎ回らねぇよ」
「本当ですか? 約束ですよ?」
「あぁ、聞屋の誇りに誓ってな。じゃ、あばよ」
それだけ言うと、文太は手を振りながらその場を去っていった。
とはいえ、油断はできない。相手は『ジャーナリスト界のハイエナ』と称された男。いつ約束を反故されて、今日のような強引な取材をしてくるかわからない。
移住して女優となったことで、血生臭い過去から足は洗えたが、真に安穏な日々を手にするのは、まだまだ先の話かもしれない――――