黒鳥来訪
闇に暗躍し、ターゲットの命を奪い取る裏稼業・殺し屋。
これは、その中でも最強と謳われていた1人の元殺し屋と仲間達の新天地での物語。
機材が片付け始められ、いつもの光景を取り戻しつつある展望台。
その隅っこの方で、作業の邪魔にならないよう身動き1つせず、しかし、柚に向かって絶えず笑みを浮かべる1人の淑女がいた。その女性の顔を、柚は見間違うはずがなかった。
「……お久しぶりです。黒鳥さん」
「えぇ。久しぶりね柚。でも、今の私の名前は斉藤飛鳥よ。あなたの名前が蜜柑であるように」
「失礼致しました」
そう。その人物とは、かつて源士郎率いる特捜5課に本部を襲撃された際、そこで命を落としたはずの先々代司令・黒鳥こと、飛鳥だった。
ちなみに、名字を見てもらえばわかると思うが、彼女はあの黒龍の姉でもある。
「しかし……生きてたんですね。驚きました」
「いいえ。死んでたわ。だけど、運命のいたずらかしら? 4年ほど前に生き返ったの」
普通に考えたら絶対にあり得ないことだが、柚には思い当たることがある。ペガサスのリヴァイブの副作用だ。未来や黒龍が復活した時に、彼女も一緒に蘇っていたのだ。時期的に考えても間違いない。
「それからは、黒仙人のところで居候させてもらってるの。今日、ここに来たのも彼に同伴してもらったおかげよ」
「そうでしたか。では、黒仙人さんもこの国に?」
「えぇ。近々、大牙君にも顔を見せに行くって」
飛鳥だけでなく、黒仙人もいる。懐かしいコードネームを聞いた柚は、無性に会いたくなってきた。
「それにしても……いいところね。この島。ここなら、あなたが幸せになってるのも頷けるわ」
「自分でも、不思議なくらいです」
「ふふっ、だけど、それが心地いいのでしょう?」
見透かされたような飛鳥の言葉に、柚はその通りだと肯定する。
3年前までは復讐と返り血と悲しみに満ちた人生だったが、ここに来てからというもの、家族の暖かさとやりがいのある仕事のおかげで、とても充実している。それこそ、あの頃の自分では到底想像できないほどに。
その嬉しさが口調を通じて伝わってきたんだろう。飛鳥は安堵の表情を浮かべた。
弟の過激な思想や手段を止めることができなかったばかりか、ブラック・ナイトの掟や習わしで、柚のような未来ある子供達の生き方を縛りつけてしまった。これは、穏健派だったとはいえ、司令だった自分にも責任がある。飛鳥は1度あの世に行ってからも、そのことをずっと後悔していた。
故に、どうしても知りたかったのだ。黒蛇や龍達のおかげで組織の束縛から抜け出すことができた彼女が、今、どうしているのか。
それを確かめるために、彼女はこの国に来たのだ。
「これからも幸せに生きなさい。愛すべき家族と一緒に」
飛鳥からのエールに、柚は強く頷いた。
それは相手が元上司だからではない。柚自身もそうありたいと心の底から思っているからである。