千の顔を持つ少女
闇に暗躍し、ターゲットの命を奪い取る裏稼業・殺し屋。
これは、その中でも最強と謳われていた1人の元殺し屋と仲間達の新天地での物語。
ちょうどその頃、島の中心部にあるエピウス国立展望台では、人妻であるはずの柚がイケメン男性に言い寄られていた。
「いいの? あなたも他の人と同じように、不幸になるかもしれないよ?」
「それでもいい! 僕は、君と共に生きれるだけで幸せだから! だから――結婚しよう!」
「――わかった。その代わり、後悔しても知らないよ?」
必死な顔をする男性の求婚に、柚は小悪魔みたいな顔をして答えると、彼をギュッと抱きしめ、
「悪魔な私に、魂を売っちゃったんだから、ね」
と言って、口づけを交わした。
どこからどう見ても不倫の真っ最中。この現場に雲雀や澪がいたら、間違いなく責め立てていただろう。
直後に、カチンコの音が鳴り、監督からの『カット』が無ければ。
「これでクランクアップだ! みんな、お疲れ!」
撮影終了を知らせる監督の言葉を聞いて、スタッフと役者達は口々に『お疲れ様ー』と言い、頭を下げる。
「蜜柑ちゃんもお疲れ様。どうだい? この後打ち上げなんだけど?」
「では、お言葉に甘えてー」
この時点でもうお察しだとは思うが、柚は現在、この国で女優として活動している。
彼女は出産後、芸能事務所からスカウトされると、すぐに頭角を表し、出演8作目となる今回の連続ドラマ・【デビルラヴァーズ】で主役の座を勝ち取った。
その愛らしい容姿と、かつて学校で演じていた天然キャラ、そしてどんな役でもこなせるこなせる演技力から、『千の顔を持つ少女』という異名がつくほどの名女優となり、エピウス屈指の知名度を誇る有名人となった。
「シェイラさーん。私の携帯出してくださーい……ふにゃ!」
「はぁ、ったくあんたって奴は。はい」
駆け寄ってきて早々転ぶ女優の姿に、担当マネージャーであるシェイラ牧野は、呆れつつ携帯を荷物から取り出す。
柚は強打した顔面を抑えながらそれを受け取ると、未来に電話をかけ、打ち上げで帰りが遅くなる旨を伝えた。
「そっか。宙君達は残念がるだろうけど、そういうことならしょうがないね」
「え!? 宙君達、来てるの!?」
「うん。それもあって、夕食は大人数になるから鍋だって」
それを聞いた柚は、ガックリと肩を落とした。
「それは惜しいことをしちゃったなぁ。鍋の時のうどんは格別においしいし、みんなとも久しぶりに会いたかったのになぁ」
そうは言っても、ドラマの主役という立場がある以上、こちらも断るわけにはいかない。後ろ髪を引かれる気持ちはあるが、幼なじみや後輩との再会は、打ち上げ終わりまでお預けということになった。
「はぁ……残念だなぁ。鍋と悠斗とゴロニャンするチャンスだったのに~」
「後に言った方はやめときなさい。人気女優が万年発情期なんて知れたら、週刊誌の格好の的よ」
姉御肌のマネージャーから至極もっともなことを言われたら、従う他ない。スキャンダルの心配もあるが、帰りも遅くなると判断した柚は、仕方なく龍とのイチャツキを諦め、鍋の残り汁が少しでも残っていることを祈った。
そんな彼女の気持ちを、少しでも紛らわそうと思ったのだろう。シェイラは思い出したように話題を変えた。
「あ、そういえば蜜柑。撮影中あんたのことをずっと見てた人がいたけど、知り合い?」
そう言われても全く身に覚えがない。さっき注意されたスキャンダルを嗅ぎ回るマスコミかパパラッチだろうか?
「どんな人ですか?」
「40前後ぐらいの女の人かなぁ? 車椅子に座ってるし、目が見えてないみたいだったけど、けっこうきれいな人だったよ」
柚にはその人物像に心当たりがあった。そのため、ついキャラを忘れて素に戻ってしまった。
「その人は、今どこに?」
「どこって、そこにいるよ。ほら、展望台の端っこの方――」
シェイラが指を指した先にいた人物を見て、確信に変わった柚は、彼女が言い終わる間もなくその人物の元へと駆け出していった。