唯一の常連
闇に暗躍し、ターゲットの命を奪い取る裏稼業・殺し屋。
これは、その中でも最強と謳われていた1人の元殺し屋と仲間達の新天地での物語。
けれど、あまり気にしてはいられない。早いところ包丁を研ぎ終えないと、雲雀からの飛び膝蹴りをくらうハメになる。それだけは絶対に回避したい。龍は速やかに作業を終わらせた。
これで怒りの雷が落ちる心配はない。安堵と精神的疲労感からホッとため息をつく。
と、そこへ、本日2人目となる客が訪れた。
「あの、今日もいいですか?」
「あ、はい。包丁研ぎ、ですよね?」
龍の言葉に、この店唯一の常連である同い年ぐらいの少女は頷くと、持参してきた包丁やハサミ等計4本を渡してから、代金の40へヴリスを払おうと財布を取り出した。
その時、同じポケットに入っていた1枚の紙が、ヒラヒラと舞いながら店の床に落ちていった。形状と文字からして彼女の名刺のようだ。
龍はそれを拾い上げると、興味本位からつい見てしまった。
「……下垣紗那っていうんですね。あなたの名前」
それを耳にした瞬間、持ち主である紗那は、慌てた様子で彼の手から名刺を取り返した。
彼女の態度もどうかとは思うが、プライバシーを侵害した自分にも非がある。龍は自らの行動を深く反省した。
「その、ごめんなさい」
「こちらこそすみません。勝手に個人情報を見てしまって。では、明日の開店時間までに仕上げますので、それぐらいの時間にまたいらしてください」
龍の言葉に紗那は了解すると、40へヴリスだけおいて立ち去った。
そのあまりにも挙動不審な様子は、包丁を受け取るために店から出てきた雲雀の目にも留まった。
「ん? あいつって確かあんたんとこの常連の――」
「うん。いつも物静かで、世間話とかもしたことがないけど、よく来るから気になってたんだ。で、名刺を見たら――」
「ぶんどって去ってった、ちゅーわけやな? よっぽど知られたくないことが書いてあったんやろうなぁ。たとえば、ライバル企業の名前とか」
「しがない刃物屋だよ? あり得ないって」
雲雀が述べた冗談半分の仮説に対して、龍は自嘲を交えつつ否定した。
それだけ儲かっていないということである。自分以外に刃物屋をやってる競合相手が、この国にはいないのに。