【刃物屋 龍】
闇に暗躍し、ターゲットの命を奪い取る裏稼業・殺し屋。
これは、その中でも最強と謳われていた1人の元殺し屋と仲間達の新天地での物語。
さて、ここまでエピウスに関する地理の説明と併せて、龍を愛する女性達の現在を紹介したわけだが、有能な妻を5人も持つ一家の大黒柱でもある龍は、いったいどうしているのだろうか?
それを説明するためにも、視点を東エリアの商店街に戻すとしよう。
先程紹介した雲雀のお好み焼き屋。その隣にこじんまりとした影の薄い店が存在する。
名前は【刃物屋 龍】。殺し屋を辞めた龍が、刀鍛冶をしていた老人の下で2年間修行して始めたお店である。
彼が作った刃物は、どれもこれも値段の割に良質で、アフターケアもバッチリ整っているのだが……
「はぁ……暇だなぁ」
刃物なんてそうそう買いにこない物を扱ってるのが悪いのか、それとも店構えが悪いのか、毎日のように閑古鳥が鳴いている。
そんな現状を嘆きつつ、この日も龍は、雲雀から依頼された包丁研ぎの仕事に没頭する。
「それにしても、相変わらず雑な使い方をするなぁ。ブレードトンファーじゃあるまいし、もう少し大切に使えばいいのに」
なんて、本人のいないところで小言を言いながら研いでると、1人の青年が来店した。時刻はお昼過ぎ。この日初めての客だ。
「あの、出刃包丁を買いたいんですけど」
「あ、はい」
そう応えると、龍は作業を中断して、ショーケースから1本の出刃包丁を取り出した。
「どうも。いくらですか?」
「100ヘヴリスです」
そう言われた青年は、天国とエピウスの共通通貨である100ヘヴリス紙幣を1枚出して支払った。
それで用は済んだはず。なのに、青年は帰らなかった。買い物以外にも目的があったからである。
「ところであなた、青山龍さんですよね?」
「……人違いです」
青年からの問いに、龍は咄嗟に嘘をつく。
「彼がこの国にいるというらしいとの情報があるのですが」
「いるわけないですよ。話ぐらいなら聞いたことはありますよ。死獣神とかいう組織のメンバーで、3年前に死んだ殺し屋ですよね? その死人が生きてるなんてあり得ませんよ」
世間的に死んだ存在としてバレるわけにはいかない龍はシラを切ったが、それでも青年は、腑に落ちていない様子だった。
「そうですか……では、何か思い出したこと等があれば、こちらにご連絡ください」
青年はそう言うと、名刺を取り出して手渡した。
「ん? フリージャーナリストの天満光一郎さん?」
「はい。またご縁があれば、その時はよろしくお願いします。あぁあと、もし、あなたが青山龍本人でしたら、これだけは覚えておいてください。僕はどんな時でもあなたの味方のつもりです。それでは」
それだけ言うと、光一郎は一礼して去っていった。
その態度に、龍は首を傾げるしかなかった。
1ヘヴリスは約10円です。