常連としてファンとして
闇に暗躍し、ターゲットの命を奪い取る裏稼業・殺し屋。
これは、その中でも最強と謳われていた1人の元殺し屋と仲間達の新天地での物語。
今にもゴングが鳴りそうな空気に、その場にいた全員の居心地が悪くなる。
(頼むから、店の中で喧嘩するのだけはやめてほしい)
店主である龍は、せめて穏便に済むようにと、心の底から願った。
その願いが通じたようだ。空気を変える救いの女神が来店してくれた。
「あのー、包丁、研ぎ終わってますか?」
(いいところに!)
常連である紗那の登場を喜んだ龍は、これをきっかけに休戦するよう未来達に説得を頼み、自分は客の対応した。
「はい。どうぞ」
「ありがとうございます。あと、工作用の鋏ってありますか?」
「あ、鋏、ですか……すみません。ついさっき完売したところです」
いつもなら確実にあるのだが、今日に限ってまさかの売り切れ。想定外の出来事に、紗那は少し残念そうな顔をした。
「そうですか。よく見たら他の商品も……珍しいですね。ほとんど売れてしまうなんて」
「え、えぇ、まぁ……」
紗那としては、悪意の欠片もない素直な感想を言ったつもりなのだろうが、皮肉と受け取った龍の心は少し傷つく。
「あ! ごめんなさい! そんなつもりじゃ……」
「まぁ、言われても仕方ないよねぇ。普段がアレじゃあ」
「うぅ、言わないでよ姉さん」
姉からの慰めとは真逆の言葉に、龍は更に精神的ダメージを負った。
「でも、どうして今日はこんなに?」
紗那が不思議そうに尋ねると、奏は得意気な顔をして、柚と雲雀の手柄と龍の家族について語った。
雲雀のことは、やり取りを何度か目撃したことがあったから、夫婦だろうと思っていたが、人畜無害そうな龍に5人も妻がいたことや、人気女優・黒木蜜柑こと柚もその内の1人だったとは思わなかったようだ。
彼女のファンである紗那は心底驚いたものの、やはり会えた嬉しさの方が勝ったらしく、気恥ずかしそうにサインを求めた。
紗那からすれば、まさに僥倖というものだろう。サインをもらってからもずっと感激していた。




