Amy floru waiz "S'pica"(スピカの花)
あるところに、それはそれは美しい娘がいました。娘はいつも人を想い、自然を想い、みんなが幸せに暮らせるにはどうしたらよいのか、日々考えていました。そんな優しい心を持つ娘の周りには、いつもたくさんの人たちの笑顔が満ち溢れていました。
ある日のこと、娘は街の北の外れにある丘を訪れました。その丘は昔から大地が痩せており、植物が一切育たない不毛の土地で有名でした。娘は常日頃から思っていました。『いつかこの丘が緑あふれる、豊かな大地になれば』と……。
そんな時でした。娘の前にある一人の男が現れたのです。その男は知ってか知らずか、植物の一切育たないことで有名なあの不毛の丘に花の苗を植えていたのです。
娘は言いました。『どうしてあなたはお花を植えるのですか? この丘は、植物が一切育たない不毛の土地と言われているのに……』と。それに男は答えました。『たとえ植物の育たない不毛の土地と言われても、誰かがやらなければ何も始まらない。だから俺は花を植えてるんだ。いつかこの丘が緑溢れる、豊かな大地になれば』と……。
娘はそこで初めて知りました。『考えてばかりでは何も始まらない。何かを変えるには失敗を恐れず、まずは行動しなければならない』と。それからというもの、娘は毎日のように丘を訪れては男と共に花の苗を植え続けました。たとえ大地に根を張ることができなくとも、二人は決して手を止めることはありませんでした。
気がつけばたくさんの人が、二人の姿を目にして丘へ集まっていました。その手には花の苗を携えて……そう、この丘を緑溢れる豊かな大地にしたいという気持ちはみんな同じだったのです。
そして、ついに……植物の一切育たない不毛の土地と呼ばれたあの丘に花が咲き乱れたのです。街の人々は大いに喜びました。もちろん、娘も男も同じように……。
想いを共にした娘と男は、恋に落ちました。そう、二人も知らず知らずのうちにお互いの想いを育んでいたのです。しかし、娘は貴族の娘であって、男は名も知れない単なる平民の男。周りは二人の関係を認めることはありませんでした。それでもお互いの心に深く根付いた想いは、二人の仲を決して離すことはありませんでした。
『たとえ私たちの関係が認められないものであったとしても、私たちは他でもない私たち自身の足で共に歩んでいきたい。たとえそれが原因で貴族の名を捨てることになったとしても、私はこの人と一緒にこの行く先を歩んでいきたい……』
しかし、その想いは長くは続きませんでした。そう、世界を大いに揺るがす凄惨な大戦が起きたからです。祖国を守るため、故郷を守るため、家族を、友を、みんなを、そして彼女を守るため……男は娘を置いて、戦場へ向かいました。旅立つ男を目にした娘はひどく胸を痛めました。それでも、男が口にした言葉を信じて待ち続けました。『大丈夫だ。必ず戻ってくる』という言葉を信じて……。
どんなに待っても、男は帰ってきませんでした。戦争が終わった後もずっと、男の帰りを待ち続ける娘の前にその姿を現すことは決してありませんでした。その上、戦争がもたらした爪痕は非常に残酷なものでした。一度は緑溢れる大地に再生したあの丘も戦火に焼かれ、再び不毛の土地となっていたのです。
それでも、娘は待ち続けました。たとえ心のどこかで『彼はもう帰ってこない』と分かっていても……周りからなんと言われても、娘は待ち続けました。再び不毛の土地となってしまったあの丘からずっと……。
気がつくと、娘は姿を消していました。それに代わるようにして、丘全体を覆い尽くすように青い小さな花が咲き乱れていたのです。
街の人々はこの花を【スピカの花】と名付けました。娘と同じ【スピカ】の名前を……そして、スピカの花は今も丘に咲き誇っています。今でも男の帰りを待つように、娘は小さな花へと姿を変えていつまでも……。
※タイトル名は別作品『運命を紡ぐ双子と想いのキセキ』の作中に登場する人工言語です。