092 殲滅戦の後始末
騎士団が連れてきた馬は騎馬の10頭と馬車を引いていた4頭で、合計14頭だった。奇しくも生き残った騎士たちの人数と同数だ(これは本当に偶然…)。
一頭の馬に捕虜一名を縛り付け、それを7人分ロープで連結したものを二組作った。
俺たちの幌馬車の後ろに、その二本のロープを括り付け、そのまま引っ張っていくのだ。
そして準備ができ次第、すぐに出発した。とは言っても、すでに日は落ちて、周囲は暗くなっているんだけど…。
夜間に移動するのは少し危険なんだけど、こいつらと一緒に夜を明かしたくないからね(捕虜のお世話とかしたくない…)。
なので、【光魔法】の【ライト】で街道を照らしながら、近くの街へ向かうことにしたのだ。
ちなみに【ライト】の効果時間は約10分だけど、魔力回復量が1分あたり1だとしても、無限に発動し続けることができることになる(俺の魔力回復量は未だに分かっていないんだけど…)。なぜなら、【ライト】は初級魔法で魔力消費量は10だからね。
なお、騎士たちの死体については、【土魔法】の【ディグホール】を複数回発動して18人分の大きさの穴を掘り、そこにまとめて埋葬したよ。
そして移動すること約5時間。
日付が変わる頃には最寄りの街へと到達できた。領都リブラから王都方面へ向かうときに通る、リブラの隣街だ。
ただ、到着したのは良いんだけど、深夜なので街の門は固く閉じられていた。まぁ、不寝番である門番さんに冒険者カードと伯爵様から貰った書類(俺たちのパーティーの後ろ盾となることを証明する書類)を見せたら、すぐに門を開けてくれたけどね。
そのまま、街の中にある警吏本部に捕虜たちを連行していった俺たちだった。
馬と捕虜たちを引き渡し、『盗賊許可状』を警吏本部の責任者(家で寝ていたのをわざわざ起こして、警吏本部へ引っ張ってきたのだ)に見せた。そして、早馬を使ってアインホールド伯爵様へ連絡してくれるようにお願いした。
これで今日の午前中には伯爵様のもとへと連絡が届き、その後すぐに騎士団と共にこの街へ移動してくるとするならば、それは今日の夕刻頃になるだろう。
あとは、ハウゼン侯爵家の騎士団(今回の戦闘に参加していない残りの部隊)と戦って、ハウゼン侯を捕縛するのは伯爵様の役割となる(俺たちはお役御免だ)。
そうそう、ガラシアさんともここでお別れだ。騎士団の捕虜と一緒に警吏本部へ引き渡したよ。
もちろん重要参考人なので、取り扱いにはくれぐれも注意するようにお願いしておいた。
で、俺たち『暁の銀翼』は、この街の宿屋に泊まって伯爵様の到着を待つことになる。
てか、諸々の手続きが終わったのが明け方だったので、眠くて仕方がない。宿の部屋(個室を四人分確保できたのは幸いだった)に入ったあとは、すぐさま眠りについたよ(女性陣の状況は知らないけど…)。
・・・
俺が目覚めたのは昼頃だった。開け放たれた窓から入る日の光は暖かいけど、流れ込んでくる冬の空気はひんやりとしていた。
ただ、身体が動かない。か、金縛りってやつですか?
「お兄ちゃん、起きて!」
…って、ナナが寝ている俺の腹の上にまたがっていたよ(もちろん、布団越しだけど…)。あれ?部屋の鍵をかけ忘れたかな?
「おはよう、ナナ。重いからどいてくれ」
「女性に『重い』なんて言っちゃダメだよ。失礼しちゃう」
ナナがぷんすか怒っていた。いや、まじで重いので、どいて欲しい。
…っと、そこへサリーが入ってきた。ノックも無しだ。
「サトル、起きてる~?もうお昼だよ」
勝手に部屋に入ってきたサリーは、寝ている俺の上にナナが乗っかっているという光景を見て固まっていた。
「兄妹で何をやってるのよ。まさかそういう関係?」
「サリー、おはよう。今、ナナに起こされたところだ。てか『そういう関係』ってどういう関係だよ」
サリーがずんずんと部屋に入ってきて、ナナの腕を掴んで俺の上から強引に引きずり降ろしてくれた。ありがとう、助かったよ。
「サトルさん、おはようございます。起きていますか?」
ドアが開いているので、そこから顔をのぞかせて声をかけてきたのはアンナさんだ。
「アンナさん、今起きたところです。すぐに食堂に降りていきますので…」
俺はサリーとナナを部屋から追い出し、着替えや洗顔など朝の準備を整えた(朝じゃなくて昼だけど…)。
この宿屋、二階が客室で、一階が食堂になっている。
俺が食堂に降りていったとき、三人が座るテーブル上にはすでに料理が並べられていた。てか、女性陣は皆、元気だな。
「皆、早いね。伯爵様がやってくるのは早くても夕方だと思うぞ。それまではゆっくりしてて良いのに…」
三人は互いに顔を見合わせたあと、一斉に頭を下げた。
「「「ごめんなさい!」」」
は?なんで謝ってるの?
アンナさんが代表して説明してくれた。
「昨日の戦闘でサトルさんだけに負担をかけてしまって申し訳ないです。私たち、ほとんどお役に立てず…」
「え?とても役に立ってましたよ。アンナさんの【火魔法】、ナナの【水魔法】があったからこそ、あいつらが近付いてこられない状況になったんですから…。もちろんサリーの【索敵】もありがたかったぞ」
これは別に気を遣っているわけじゃなく、俺の本心だ。俺とメフィストフェレス氏だけでは、どう考えても手数が足りないと思う。
人海戦術で一斉に押し寄せてこられていたら、負けていた可能性だってあったんだからね(だからこそ手加減できなかったとも言えるが…)。
「もう一つ謝らなくちゃいけないのは、お兄ちゃんだけが人を殺すことになってしまったことだよ。ニッポン人として殺人にはすごく抵抗があると思うんだけど、精神的に大丈夫だった?」
ナナが心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。
いや、確かに罪悪感は多少あるんだけど、それでも俺にとっての最優先事項は大切な仲間たちを守ることだからね。殺らなきゃ殺られていた…そう割り切っているよ。
これは俺が元々サイコパス気質だったのか、はたまたアークデーモンを眷属化したせいなのかは分からないんだけど、人を殺したことについてそこまで気にしていないのが正直なところだ。
「大丈夫だ。自分でも不思議なんだが、必要なことだったと割り切っているよ」
「そう、だったら良かったよ。お兄ちゃんが沈みこんでいたらどうしようかと心配しちゃった」
あ、今朝の行動(布団の上に乗っていた件)は俺を元気づけるためだったのかな?
ナナの優しさに心がほっこりした。
「それにしてもメフィストフェレスさん、大活躍だったよね。てか、サトルってあの魔獣より強いんだよね?すっごいなぁ」
サリーが重くなった空気を一掃するように、軽い調子で発言した。いつも場を明るくしてくれるムードメーカーな女の子なのだ。
「いや、もはや勝てる気がしないぞ。上下関係が逆転するのは間近かもしれない…」
「でもお兄ちゃん、昨日の戦い、メフィストフェレス氏はかなり喜んでいたよね。やっぱ悪魔族なんだなぁ…って思ったよ。そして、その悪魔を使役するお兄ちゃんって、魔王様に間違いないね」
「やめてくれ。てか、俺が魔王なら、きっとどこかに勇者がいるはずだぞ。でないとバランスが取れないからな」
「あはは、本当に勇者もこの世界に来ているのかもね。もしかしたら、どこかの国が勇者召喚を行って、お兄ちゃんはそれに巻き込まれたのかもしれないよ」
ナナの冗談にふんわりと柔らかい空気が生まれた。
まぁ、この冗談が真実だったということに気付いたのは、ずっと後のことだったんだけど…。