089 殲滅戦の準備
旅の準備とは言っても、パーティーメンバー全員が【アイテムボックス】を持つ俺たちにとって、補給するのは消耗品くらいだな。
生鮮食料品やポーションなどだね。
あと、ラウムさんに今後の対応方法を伝えておかないとな(この村が戦場にならないように…)。
「それでは君たちがハウゼン領の騎士団を相手取ると言うのかね?それはちょっと無謀なんじゃないか?」
ラウムさんが心配そうに言ってくれた。良い人だ。
「こちらのご令嬢は火と水、俺は風と光の二属性の魔術師です。俺の妹も水の魔術師で、この子は【索敵】のスキルレベルが69もある優秀な斥候なんですよ。なので、ご心配には及びません。ハウゼン領内で反撃すると問題になると思って五人の騎士たちから逃げていたのですが、アインホールド領内ならば遠慮なく迎撃できます」
「二属性が二人だと…」
絶句しているラウムさん…。この世界の魔術師って、二属性でも珍しいんだよな。
「あ、今日未明に襲ってきた四人の賊ですが、一人当たり金貨一枚ではちょっと安過ぎますが、交渉で値を釣り上げて最終的には引き渡してしまいましょう。彼らを奪還するために村を襲われても面倒ですから…。それと、俺たちが盗賊団の頭目と一緒に領都リブラへ向かったことをあいつらに教えてあげてください。それで、この村が襲撃される事態は避けられると思います。おっと、もちろんあなた方は『盗賊許可状』のことなど知らないし、見てもいない。そういう体でお願いします」
「そうか…。すまんな。君たちの厚意に甘えさせてもらおう。だが、気を付けてくれよ。命あっての物種だぞ」
「はい、それでは準備が整い次第、ガラシアさんを連れて出発します。どうか、うまくやってください」
「ああ、任せておけ。そうだ!君たちのパーティー名と冒険者ランクを教えておいてくれないか?」
「はい。俺たちは『暁の銀翼』と申します。アンナさんがDランク、この子サリーがEランク、俺と妹のナナがFランクです」
「え、Fランクだと?宿屋に忍び込んできた騎士を体術のみで拘束したんだよな?それがなぜFランクなのだ?」
「えっと、冒険者になったばかりの新人なので…」
めっちゃ不審そうな目で見られたよ。早いところEランクくらいには昇格したいよね。まぁ、あと半年以上はかかるんだけど…。
・・・
全員が睡眠不足ではあるんだけど、午前中には村を出立し、街道を領都リブラ方面へと進んでいく(というか、戻っていく)俺たち…。
たしかもう少し先のほうになるんだけど、街道から垂直に逸れていった先の突き当りに、山が崩れて崖みたいになっている個所があったはずだ。その崖を背にして戦えば、(半包囲はされるかもしれないけど)全周包囲は回避できると思う。
メインの街道から崖までの間は、木々もほとんど無くて見通しも良かったはずだしな。
しばらく進んでいくと、迎撃予定地点が見えてきた。街道から崖下までは約50メートルの距離で、視線を遮るものは何もない。うむ、理想的な地形じゃないか?
俺は【土魔法】の初級である【クレイウォール】で数個の土壁を生成した。いわゆるバリケードだ。
敵の中に魔術師がいることも想定しておくべきだが、どうかな?いるかな?
もちろん、弓矢による攻撃はあると想定しておくべきだろう。
なので、土壁は主に弓矢への対策だ。幌馬車と馬たちは念入りに壁で囲っておかないとね。
準備が終わればあとは待つだけだ。
俺たちは焚火を中心に輪になって座り、昼食を摂り始めた。もちろん、ガラシアさんも一緒だ(犯罪者とはいえ、人道的に扱うよ)。
てか、どれだけ待つことになるんだろうね。騎士団の大量動員にどれだけの時間がかかるのか、よく分かっていないのだ。
いや、そもそも大軍で攻めてくるというのは、俺の予想でしか無いんだよな。もしかしたら、やって来ない可能性もあるという…。
とりあえず、トイレは作っておくか。長丁場になるかもしれないし…。
俺は【土魔法】の【ディグホール】で直径30cm、深さ10mくらいの縦穴を掘り、そこに木箱をかぶせた。木箱の蓋は無く、その底には直径25cmくらいの穴が開いている。
木箱の底が上になるように地面の穴の上にかぶせるんだけど、要するにこれは洋式トイレなのだ。木箱の上に座って用を足すわけだね。
さらにその周りに【クレイウォール】で土の壁を三方に作り、一面だけは大きな目隠し用の布をぶら下げた。
うん、なかなか立派なものが出来上がったんじゃないか?簡易的な公衆トイレって感じだ。ただ、臭い対策だけはできていないけどね。
天井は無いんだけど、そのほうが臭いがこもらなくて良いだろう。
…で、このトイレ、女性陣にもなかなか好評のようです。喜んでもらえて良かった。
ああ、できれば今日中に襲撃してきて欲しいな。夜の見張りは大変だし、冬季の野営って寒くて辛いんだよ(焚火は絶やさないとしても…)。
そして、俺たちの祈りが天に通じたのだろう。日没ぎりぎりになって、サリーが警戒の声を発した。
「【索敵】に反応があるよ。来たみたいだね」
よっしゃ!待ってたぜ。
ハチ公前で待ち合わせをしていた恋人が現れた気分だよ。…って、非モテ陰キャにそんな経験は無い…(笑)




