086 追手②
疾走する幌馬車の中では安堵の空気が流れている。
その中でサリーが質問してきた。
「サトル、あのアークデーモンって、あの時のアークデーモンなの?」
「ああ、そうだ。彼の希望で俺の眷属ってことになったんだよ。なぜか…」
そう、まじで『なぜか』なんだよな。メフィストフェレス氏は喜んでいたけど…。
ガラシアさんが思わずといった感じで口を挟んできた。
「Aランク魔獣で悪魔族の上位種であるアークデーモンかい?さっき訳の分からない言葉をしゃべっていたけど、まさかアークデーモンと会話できるなんて言わないだろうね」
するとナナがドヤ顔で言った。
「お兄ちゃんは魔王だからね。悪魔族へ命令することなんて簡単なんだよ」
いや、誰が魔王だよ。冗談が通じなかったらどうするんだ?
てか、ガラシアさんを見ると、信じちゃってるっぽいんだけど…。
「ま、魔王様が冒険者をなさっているなんて…」
「いや、妹の冗談を真に受けないでくれ。俺は普通の人間だから…」
「「普通じゃない!」」
サリーとナナが同時にツッコミを入れてきた。気が合ってるね、君たち…。
「ま、まぁ、あまり普通じゃないかもしれないけど、人間であることは間違いないぞ。決して魔王なんかじゃないから」
魔王っぽくはあるけどね。
車内でそんな一幕が繰り広げられている中、馬車は順調に街道を進み、今朝出発した領境の村まで戻ることができた。
朝に出立したのと同じ馬車が夕刻になって戻ってきたわけで、村の入口に立つ門番さんが驚いていたよ。
「おい、お前ら、何かあったのか?警吏の人間を呼んできたほうが良いか?」
御者を務めているアンナさんが門番さんに答えていた。
「はい、お願いします。犯罪者を捕縛しましたので、引き渡したいのです」
これを聞いて二人いる門番のうちの一人が、村の中へと走っていった。
急ぎ足で戻ってきた門番さんは二人の警吏の人を連れてきた。
その一人が言った。
「この村の警吏詰所の責任者であるラウムという者だ。犯罪者を引き渡したいって?」
「はい、シュバルツ男爵家の三女で冒険者をしておりますアンナと申します。こちらのガラシア嬢を捕縛しましたので、引き渡します。彼女は隣のハウゼン領で活動している盗賊団の頭目です」
「はっ、失礼しました。貴族のご令嬢様とは気が付かず、大変申し訳ありませんでした。しかし、どうしてアインホールド領へ?」
この疑問は当然だろう。本来ならハウゼン領の警吏本部へ連れて行くべき案件だからね。
俺は無言でラウムさんへ『盗賊許可状』を見せてあげた。
「こ、これは…。また厄介な物を持ち込まれましたな。はぁ~」
溜め息をつきたくなる気持ちはよく分かる。俺も溜め息をつきたいよ。
とりあえず、村を囲う木の柵の中へ馬車を進めさせてもらった。いつまでも門のところにいると、ハウゼン領の騎士たちがやってきたときに困る。てか、彼らは越境してくるだろうか?
・・・
俺たちが村に一軒だけ存在する宿屋で寛いでいると、門のほうから騒いでいる声が微かに聞こえてきた。
おっと、騎士たちが領境を越えてやってきたのか?
俺たち四人は建物の陰に隠れつつ、状況が分かる位置までこっそりと近付いていった。
「我々はハウゼン侯爵家の騎士団である。我が領の犯罪者がこの村まで逃亡したため、捕縛に参った。村の中への立ち入りと捜索を許可されたし」
「ここはアインホールド伯爵領でございます。他領の騎士の方を入れるわけには参りませぬな」
さっきのラウムさんが毅然とした態度で村内への立ち入りを拒んでいた。そりゃ、『盗賊許可状』を見てるわけだからね。
重要参考人の殺害や証拠隠滅を図られたらたまったもんじゃない。
騎士の一人が胸を張って誇らしげな様子で発言した。
「あくまでも立ち入りを拒むというのならば、実力で押し通る。デーモンすら撃退した我らの力を見せてやるぞ」
『デーモン』じゃなくて『アークデーモン』だし、決して『撃退』したわけじゃないと思うぞ。心の中でツッコミを入れる俺だった。




