085 追手①
俺は即座に盗賊の男たちを引っ張っていたロープ(馬車の後部に結び付けていたのだ)を切断した。走り続けて体力の限界だったのか、その場に崩れ落ちる男たち…。
俺の合図によって、アンナさんが馬車のスピードを上げた。これで少しは時間が稼げるはずだ。
なぜなら、【鑑定】すれば縛られている男たちが盗賊であることはすぐに分かるし、そうなれば捕縛しなければならないからね。
幌馬車の後部から状況を確認していると、騎士らしき奴らは盗賊たちを捕縛することなく、一刀両断に斬り伏せていった。
盗賊たちの断末魔の叫び声が風に乗って聞こえてきたよ。ちょっと可哀想だが、これまでの盗賊行為の報いと考えれば妥当なのかもしれない。
ガラシアさんの顔色も青ざめていた。どうやら『口封じを図る』ってのが正解だったみたいだね。
後方から呼びかける声が聞こえてきた。
「おーい、そこの馬車、止まれ!臨検である。積荷を検めるゆえ、すぐに停車しろ!」
いやいや、どう考えても皆殺しにするつもりだろう。とにかく、アインホールド伯爵領へ逃げ込むことだけを考えよう。
追ってくる騎士の数は五騎。
やはり多数の騎士を動員するような時間は無かったみたいだな。
ちなみに、戦えば勝つ自信はあるんだけど、そんなことをすればあとあと問題になるかもしれない。
職務質問を拒否して警察官に暴行を加えたら、暴行罪と公務執行妨害罪だよ。…って、ここは日本じゃねぇ。
ただ、俺たちが反撃するのはやはりまずいだろうね。騎士と冒険者じゃ立場も身分も違い過ぎる。
うーん、でもなぁ。
馬車で騎馬から逃げ切ることは難しいんだよね。今も少しずつではあるが、奴らが近付いてきているのだ。
「お兄ちゃん、どうするの?魔法で攻撃しちゃっても良いかな?」
「いや、ダメだ。こちらが犯罪者にされかねない」
「でも、追いつかれたら、殺されるか逮捕されるかの二択になると思うよ。あの五人を全員殺してしまえばバレないよ、きっと…」
ナナの考え方が過激なんだけど、この世界ではそれが普通なのかもしれないな。やはり俺は甘いのだろうか?
うーん、でもなぁ、あの騎士たちも上司の命令に従っているだけだろうし…。
「よし、メフィストフェレス氏を呼ぼう。あいつらを殺さないように足止めしてもらうくらいは簡単だろう」
俺は眷属であるアークデーモンのメフィストフェレス氏をこの場に呼び出すよう頭の中で念じた。眷属化しているため、召喚の魔道具は必要ない上、すぐに呼び出せるのだ。
疾走する幌馬車後方の空中に浮かぶ形でメフィストフェレス氏が出現した。そして、馬車を追いかける形で飛行しながら、俺に問いかけてきた。
『仕事か?誰を殺せば良い?』
サリーが目を見張っているのが分かった。そう言えばサリーにはアークデーモンを眷属にしたことを説明してなかったな。
まぁ、あとで説明すれば良いや。とりあえずはメフィストフェレス氏への指示を出そう。
『後方から追ってきている騎士たちの足止めをお願いします。ただし、決して殺さないように…。怪我くらいは構いませんが…』
『ふむ、そのようなこと造作もない。我に任せておけ』
『ありがとうございます。俺たちがこの先にある村へ入るまで、奴らを翻弄していてください。そのあとは、元の場所に帰っていただいて構いませんので…』
騎士たちは突然現れたアークデーモンに驚いて、馬を停止させていた。
「あれはデーモンか?」「なぜ、ここにデーモンが?」
騎士たちが大声で叫んでいた。
いや、デーモンじゃなくて、その上位種であるアークデーモンですよ。デーモンはBランク魔獣、アークデーモンはAランク魔獣なのだ。しかもメフィストフェレス氏は、その中でもかなりの上位に位置すると思う。
ちなみに、メフィストフェレス氏の現在のステータスは【鑑定】の結果、以下の通りだった。
・名前:メフィストフェレス(サトル・ツキオカの眷属)
・種別:アークデーモン
・種族:悪魔族
・スキル:
・耐鑑定 79/100(+1)
・状態異常耐性 250/250
・魔法抵抗 63/200(+3)
・徒手格闘術 300/300
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・土魔法 166/200(+2)
・空間魔法 72/200(+1)
うわぁ、また少しスキルレベルが上がってるよ。以前の数値と比べて増加したのがカッコ内の値だ。
攻撃力もさることながら、彼を倒す手段がほとんど無いってのが恐ろしいよ。
物理的な手段では達人レベルの人間が4~5人は必要だろうし、魔法的な手段では中級または上級魔法を命中させるしかない。しかもその中級魔法は、73%の確率で抵抗されてしまうのだ。
もしも【魔法抵抗】のスキルレベルが120に到達した場合、【徒手格闘術】が300を超える生物(ナナの話によるとドラゴン種が該当するらしい)くらいしか対抗できないことになるね。【魔法抵抗】120というのは、上級魔法であっても100%の確率で抵抗してしまうってことなので…。
なお、俺の眷属であり、しかも俺のほうが上位者であるとはいえ、俺自身は彼と戦って勝てる気がしないという…。いや、絶対無理だ。
でもまぁ、これで危地は脱したはずだ。
騎士たちは全員が抜剣して、メフィストフェレス氏と対峙しているからね。
余談だけど、あの騎士たちを【鑑定】した結果、【鑑定】のスキルレベルが80以上の人はいなかった。もしいたら、メフィストフェレス氏を【鑑定】して絶望したことだろう。
真実を知らないってのは幸福なことでもあるよね。




