081 乗合馬車
アンナさんたち三人が盗賊たちをロープで縛り上げている間、俺は乗合馬車の中を確認するため、後部ドアから中へ入った。
そこには猿轡を噛まされて、両腕と両脚を縛られた乗客たちが転がされていた。
一応、念のため乗客たちを鑑定しつつ、ナイフでロープを切っていく俺…。どうやら盗賊団の一味は混ざっていなかったようだ(普通そこまでの保険はかけないか…)。
ただ、二人ほど職業が『冒険者』になっている男女を確認したよ。乗合馬車の護衛依頼を受けた人たちかな?
「皆さん、大丈夫ですか?俺たちはDランク冒険者パーティー『暁の銀翼』です。盗賊団は全員捕縛しましたのでご安心ください。あ、もしも怪我をされている方がいたら申し出てください。治療しますので…」
乗客は老若男女総勢8名で、護衛の冒険者を含めて10名だった。
若い男性の中には剣で斬られた傷に、包帯代わりである服を裂いただけの布切れを巻きつけている人もいたよ。抵抗して斬られたんだな。
すぐに【光魔法】の【グレーターヒール】をかけてあげた。
「あんた治癒魔法が使えるのか。すごいんだな」
傷の痛みに呻いていた男性が、あっという間に治癒された傷痕を見て感心したように呟いていた。
怪我人の治療が終わったタイミングで、冒険者の女性が声をかけてきた。どうやら男女ともにCランクで、同じパーティーらしい。
「本当に助かった。感謝の言葉も無いよ。あの女が盗賊団の頭目であることに気付かず、人質優先を考えたせいで武装解除されちまったのさ。実力で負けることは無いんだけどね」
ああ、確かに【鑑定】の結果だけを見ると、二人ともかなりの実力者だったよ。さすがはCランクというところだ。
盗賊団に所属するさっきの男たちの【鑑定】結果と比較してみても、人数差を覆せるだけの戦闘力はあると思う。
「まじで参ったぜ。縛られたあとにあの女が勝ち誇ったように笑いやがったときには、腸が煮えくり返る思いだったぜ」
男性冒険者のほうもしきりにぼやいていた。まぁ、分かる…。護衛任務に失敗した理由が人質にされた女性の【鑑定】を怠ったことだなんて、迂闊過ぎるよね。
なお、盗賊の男たちに乱暴された若い女性はいなかったようで、それに関しては不幸中の幸いだった。
アジトに戻ってからゆっくりと楽しむつもりだったみたいだけどね。
縛り上げられて乗合馬車の床に転がされた盗賊団六名の監視と、警吏への引き渡しについては、このCランク冒険者パーティーにお願いすることにした。
「良いのか?君たちの功績を横取りするみたいになってしまうが…」
「大丈夫です。俺たちはこいつらのアジトへ行ってみますよ。お宝を貯め込んでいるかもしれませんし…」
いや、別に盗賊のお宝なんて興味ないんだけど、もしかしたら捕まっている人たちが別にいるかもしれないからね。
「…ってことで、あなた方のアジトの場所を吐いてもらいましょうか。言いたくないのなら別に良いですけど、その場合は拷問させていただきます」
まぁ、そう言ってるだけで、本当に拷問なんてしない…てか、できないけどね。
「私が道案内してやるよ」
盗賊団の頭目であるガラシアさんが自ら申し出た。
ん?何か企んでるのかな?
アンナさんが俺の耳元でこっそりと囁いた。
「サトルさん、おそらくこの場に残された場合、乗客の男性たちに凌辱されることになるのを危惧したのだと思いますよ」
えええ?そんな非道なことをするかな?
「お兄ちゃん、この世界、犯罪者に人権なんて無いんだよ」
ナナも同じ意見みたいだよ。まじですか…。
結局、乗合馬車は冒険者の男性が御者を務め、ここから一番近くの街にある警吏本部(警察署みたいな所)へ向かうことになった。
王都への道すがらなので、乗客たちもそのまま乗っていくことになる。
で、俺たち『暁の銀翼』は、ガラシア盗賊団の頭目であるガラシアさんの案内で盗賊団のアジトへと向かう予定だ。
「お兄さんだったら、私の身体を好きにしても良いよ」
割と整った顔立ちで、スタイルも良いガラシアさんなのだが、遠慮しておきます。アンナさんやナナの冷たい視線が俺に突き刺さっているので…。
あれ?おかしいな。俺の発言じゃないのに、俺のことを睨むのはお門違いじゃないだろうか。
盗賊団のアジトの場所は、この場から少しアインホールド伯爵領側に戻った地点で脇道に逸れて、そこから細い道を辿ること一時間ってところらしい。
この荷馬車の車幅なら何とか通れるくらいの道幅らしいんだけど、一応近くまで行ったら徒歩に切り替えて偵察する予定だ。
ガラシアさんは『アジトには誰も残っていない』と言っていたけど、嘘かもしれないしな。
ちなみに、乗合馬車がノロノロ動いていたのは、ちょうどUターンするところだったから…。俺たちの幌馬車の接近に気付いた御者が好機と見て逃げ出したせいで、その場に停車してしまったのだそうだ。
アジトの偵察は【索敵】スキルを持つサリーと俺の二人で行った。アンナさんは御者として馬車から離れられないし、ナナはアンナさんの護衛だ。ガラシアさんも縛り上げた状態で馬車の中に転がされている。
んで、結論から言うと、ガラシアさんの言葉に嘘は無かった。
アジトの建物は掘っ立て小屋のような粗末な造りで、捕まっている人も留守番の盗賊も誰もいなかったよ。あったのは少しの食料と包丁や鍋などの調理器具、それに僅かな硬貨だけだった。
馬車に戻ったサリーと俺はガラシアさんを尋問した。
「あの場所以外に別のアジトは無いんですか?」
「ああ、残念ながら私らは貧乏な盗賊団なんだよ。と言うか、この領自体が貧乏なのさ。肥え太っているのは領主一族と御用商人くらいのものだね」
苦虫を噛み潰したような顔で発言するガラシアさん。
するとアンナさんが教えてくれた。
「サトルさん、このハウゼン領では領民に重税を課しているのです。旦那様も心を痛めておられたのですが、他の領の内政に口を出すことは許されず、傍観するしか無かったのですよ」
「領民が逃げ出すことって無いんですか?」
「領民が勝手にその土地から逃げ出すことは重罪になるのです。逃げた難民は発見次第、元の場所へと強制送還されます。そして送還された者の末路は死罪か過酷な労役です」
うわぁ、まじかよ。現代の人権思想を持つ俺やナナには信じられない世界だな。
ここでサリーがアンナさんに質問した。
「冒険者になれば自由になれるんじゃないの?」
「ええ、そういう農民出身の冒険者もいるみたいだけど、なかなか生活していくのは厳しいみたいよ。魔獣を相手にして命を落とすこともあるし…」
うーん、なるほどねぇ。確かにFランク依頼の報酬では、食費はともかく、宿賃を賄うのは難しいかもしれない…。
それにしてもハウゼン侯爵ってロクな奴じゃないな。いや、貴族というのは『ロクでもない』のがデフォルトなのかもしれないけどね。
領民に慕われているアインホールド伯爵様の立派さがよく分かったよ。




