080 ガラシア盗賊団
街道上の前方に停車している馬車から30メートルくらい離れた位置で、俺たちの幌馬車も停車した。なんとなくあまり近付きたくない。
この距離はアンナさんとナナの魔法の有効射程距離でもあるしね。
そして、俺だけが前の馬車に歩いて近付いていった。
「どうしました?何かトラブルですか?」
ちなみに俺の格好なんだけど、防具無しで武器を持たない丸腰ってのが通常のスタイルだ。武器を使うスキルを持たないし、魔術師だからね。
でも、現在の装いは防具無しは同じだけど、剣帯を着けて剣を佩いている。まぁ、ハッタリなんだけど…。
どうでも良いけど、この剣って以前にナナを襲おうとした不良冒険者のカイルってやつの持ち物だ。奴が犯罪奴隷として鉱山送りになった結果、返しそびれてしまったんだよね。
俺の呼びかけに対して、数十秒後にようやく後部ドアが開き、中から30代くらいと思しき女性が姿を現した。
「いえ、大丈夫です。お気になさらず、どうぞ追い抜いていってください」
「しかし、御者がどこかへ行ってしまったように見えたのですが…」
「ああ、おそらくお花を摘みに行ったのではないでしょうか」
ああ、トイレってことね。それで焦っていたのか…。
納得した顔の俺に、今度は女性のほうから尋ねてきた。
「ところで、そちらはご夫婦で行商ですか?」
「ええ、そのようなものです」
わざわざ冒険者であることを明かす必要もないだろう。ご夫婦って言葉にはちょっと照れるけど…。
すると、女性の後ろから剥き身の剣を右手に持った男が現れて、女性の首元に自身の左腕を巻きつけた。おっと、ナナの勘が当たったみたいだな。
「どうやら官憲じゃないみたいだな。お前らの馬車も俺らが接収してやるぜ」
俺の【鑑定】でも職業が『盗賊』になっているし、どうやらトラブルに巻き込まれたみたいだ。
女性を盾にして馬車を降りてきた男は、身長が俺より10~15cmほど高いかな。筋肉質で髭面で、かなりの威圧感がある。
俺は思わず後ずさってしまったよ。てか、剣の間合いには居たくない。
「あ、あなた方は盗賊ですか?」
ビビったふりをしながら問いかけた俺に何も答えず、男は馬車の中に声をかけた。
「おい、お前ら仕事だぞ。出てこい!」
すると馬車の後部ドアからぞろぞろと汚い格好の男たちが出てきた。ただ、予想よりは少なく、四人だけだったけどね。
その男たちは俺から5メートルくらいの距離を取って、半円状に包囲するような態勢になった。
「まずはその腰の剣を捨ててもらおうか。なーに殺しゃしねぇよ。向こうにいる女も見逃してやるぜ。馬車と荷物は貰うけどな」
俺は諦めた顔でゆっくりと腰から剣をはずし、鞘に入った状態のまま男たちのほうへ投げ捨てた。いや、この剣、重いだけで邪魔だしな。
「往生際が良いじゃねぇか。だが、殺さねぇと言ったのは嘘だ。あの世から俺らがあの女を輪姦すのを見物してろや」
ふむ、まぁ予想通りのセリフだ。これでこいつらを殲滅しても別に構わないよね。
現在、中央に女性を盾にしている男(俺に話しかけている奴)、その左右に二人ずつ手下らしき男たちって布陣になっている。
武器を捨てた俺のほうにニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべながらゆっくりと近付いてくる手下たち。
その一人一人に照準を合わせる俺。
そして俺の魔法が発動した。外しようのないまさに必中の距離だ。
左端の男に【火魔法】の初級である【ファイアアロー】、その隣の男に【水魔法】の初級【ウォーターカッター】、右端の男には【風魔法】の初級である【ウインドブラスト】、その左隣の男に【土魔法】の初級【ストーンバレット】が襲いかかった。
攻撃された全員が同時に右肩を押さえて蹲ったよ。一応、殺さないように手加減したやったのだ。
一人は右肩が燃え上がり、急いで着ていた服を脱ぎ始めたが大やけどは必至だろう。
一人は細い水流が貫通して、開いた穴から血が噴き出していた。
一人は風の衝撃で脱臼したのか、腕をぶらぶらさせていた。
最後の一人は貫通はしなかったものの、石礫の当たった衝撃で仰向けに倒れている。
魔法の発動後、火の矢、細い水流、風の塊(これだけは不可視だ)、石礫が同時に射出されたのが見えたよ。
実は【複合魔法】の練習を行っていたとき、照準を重ね合わせないで起動した魔法が同時に発動されることに気付いたんだよね。名付けるならば『マルチキャスト』かな。
同じ属性の魔法を『マルチキャスト』することはできないという制約はあるけど、俺の場合は四属性(火・水・風・土)の攻撃魔法を同時に発動できるってことになる。
なお、同時に発動するので『キャストリカバリ』(次の魔法を発動できるようになるまでの待ち時間のこと)の制約は受けない。
発動に成功する確率は、【火魔法】初級と【土魔法】初級が70%、【水魔法】初級が82%、【風魔法】初級が73%なので、全て同時に魔法発動に成功する確率は約29%だ。
なので今回、四つの魔法全てが発動に成功してほっとしたよ。
「うごぉ、痛ぇ」「ぐぁぁ」「うぐぐぅ」「がはっ」
それぞれ個性的な呻き声を上げる男たちを呆然と見ている中央の男…。盾にされた女性も呆然自失状態だ。
「さて形勢は逆転しましたね。降伏するのはどちらでしょうか?」
俺の呼びかけに男は往生際悪く怒鳴り散らした。
「おい、この女を殺すぞ。良いのか?まじで殺すからな!」
「どうぞどうぞ。殺せるものならね」
女性が目を見張っているけど、殺せるわけがないんだよな。だって、この女性こそが頭目なんだから。
そう、最初に女性が姿を現したときに【鑑定】によって職業を確認していたのだ。そこには『ガラシア盗賊団頭目』と表示されていたからね(ガラシアってのはこの女性の名前だ)。
「ガラシアさん、あなたがた全員を捕縛します。大人しく降伏してください」
そう言いつつ、最後に残っていた男の頭部に照準を合わせて、【ウインドブラスト】を発動した俺だった。容赦ない…。
脳震盪を起こしたのか、仰向けに倒れたまま起き上がらない男を冷たい目で見ていたガラシアさんは、一つ溜め息をついてから両手を上げた。
「観念したよ。あんた商人じゃなくて魔術師だったんだね。これで私らも年貢の納め時か…」
状況を把握したのだろう、後ろの馬車からアンナさん、サリー、ナナの三人が駆け寄ってきた。
なんとか俺一人で穏便に解決できたみたいだな。てか、これが俺TUEEEってやつですか?
まさに無双状態…。いや、盗賊程度が相手ならこのくらいは当然か。
久しぶりに主人公が活躍する回でした。




