007 マクシミリアン・ロードレイクの回想②
飛来してくる矢を左手に持った小型の盾で防ぎつつ、右手の長剣は賊たちの持つ武器と斬り結んでいる。
たまに盾で防ぐことができなかった矢が鎧に当たって衝撃が走る。
こういう戦闘は訓練で慣れているとはいえ、なにしろ賊の人数が多すぎる。一度に二~三人から攻撃されると、さすがに全ての攻撃を防ぐことができない。鎧に覆われていない箇所へ斬撃を喰らったりもする。
幸い私も含めて五人全員の戦闘力は、まだ失われていない。…が、少しずつ疲労によって身体の動きが鈍くなってくるのが自覚できる。
長期戦になれば人数の少ない我々のほうが不利であることは間違いない。
どうやってお嬢様を逃がすか…それだけを考えていると、賊の一人が突然うつ伏せになって倒れた。
見ると背中が横一文字に切り裂かれていた。仲間割れか?いや、誰かが魔法で倒してくれたのか?
横にいた賊が周囲を見回したその隙をついて、そいつを斬り伏せた。
その後、なぜか賊たちが勝手に倒れていくという怪現象が続いた。死んだわけではなく、気絶しているだけのようだ。
飛来する矢もいつの間にか無くなっていた。
私は部下たちと共に残った賊どもを一人も逃がさないように、順番に斬り伏せていった。
あとは気絶している賊たちを縄で縛り上げていくだけだ。
状況終了後、私は謎の魔術師殿に大声で呼びかけた。姿は見えないが、近くにはいらっしゃるはずだ。
「どこのどなたか存じませんが、魔法による援護射撃につきまして、主に成り代わり感謝申し上げます。できればお姿を見せていただきたい」
しばらくして一人の男性が森の中から姿を現した。
この辺りでは見かけないような顔立ちの10代半ばくらいの男性だった。黒い髪に黒い瞳とは珍しい。たしか東方の国にはそういった特徴を持った者がいると聞いたことがある。
我らに比べると顔の彫りは浅いが、誠実で真面目そうな人物だった。なお、私は『人を見る目は確かである』と自負している。
この人物に対して部下が抜剣したのを諫めたあと、彼に話しかけた。
「高名な魔術師の方とお見受け致します。このたびは我らへのご助力かたじけなく…」
見た目が20歳未満であっても、もしかしたらエルフやドワーフのような長命種の血が入っているのかもしれない。その場合は、実は100歳を超えていたりするから油断がならないのだ。
そして、その魔術師殿は遭難中の他国人であり、お名前は『サトル・ツキオカ』と名乗ったのだった。
はるか遠くのニッポンという国(聞いたことのない国名だが…)から来たということは、転移魔法の失敗や魔道具の暴走が原因なのだろうか?
あまり詮索するのも失礼なので深くは聞けないが、とりあえず最寄りの街まで同行してもらえることになった。彼のような強者が加われば百人力だ。とてもありがたい。
ツキオカ様と話をしていると、馬車から我が主が降りてきた。エイミー・アインホールド様…我々護衛部隊の護衛対象であるお嬢様だ。
お嬢様はツキオカ様を馬車に乗せようとしたり、一緒に歩くと主張して我らの頭を悩ませた。まったく、毎度毎度自由過ぎる。家庭教師にはもっと厳しく貴族教育していただかねば…。
あと、ツキオカ様には出発の直前にまたもや驚かされた。
なんと治癒魔法でここにいる全員(味方も敵も)の傷を全快させたのだ。
攻撃魔法に加え治癒魔法も使えるとは、やはり見た目の年齢は実年齢ではないのだろう。少なくとも私よりは高齢だと確信している。
落ち着いた物腰、会話での言葉の選び方からも(ツキオカ様の主張するような)ただの平民とは到底思えない。
そう、実力ある魔術師でありながら高潔な精神を持ち、なおかつ腰が低く丁寧な物腰のツキオカ様は稀有な人材と言っても過言ではない。なにしろ一般的な魔術師は、その希少性から傲慢な性格になりがちだからな。
うーむ、できれば我が騎士団にスカウトしたいくらいだ。
ただ、遭難者と言っていたから、現状を確認次第すぐに祖国に帰ってしまうのだろうな。誠に残念だ。