064 メフィストフェレス氏の帰還
結局、良さげな依頼は無かった(もっと朝早くに来ないと、良い依頼は残っていないらしい)ので、伯爵家のお屋敷に帰ってからナナの魔法の訓練をすることにした。
そして、ナナが放つ攻撃魔法の的になるのは俺自身だ。なぜって、初級魔法だったら100%抵抗できるからね。
俺の【魔法抵抗】のスキルレベルを上げる訓練にもなるし…。
キャストリカバリの時間(次の魔法発動までの時間のこと)や魔力の回復速度なんかも検証しておかなければならない。
ただ、ナナの魔力量はわずか44しかないので、連射では初級魔法を四回撃てば終わりになる。発動に成功する確率は53%だから、四回連続で発動に成功することはまず無いだろうけどね。
あと、1分あたりの魔力回復量がどれくらいあるかで、練習のペースが変わる。もしも1分あたりの回復量が3だったら、3~4分置きに一回発動できることになる(初級魔法の魔力消費量は10なので…)。
俺はナナから30メートルくらい離れた位置に立って、右腕を直角に曲げて顔の前に掲げた。一応構えをとった理由はさすがに怖いから…。まぁ、100%抵抗できるんだけどね。
「お兄ちゃん、用意は良い?それじゃ、いくよ」
【ウォーターカッター】が発動されたのだろう。細い水流が高速で飛来し、俺の右腕に当たって霧散した。抵抗できるとは言っても、やはりちょっと怖いです。
このあと、不規則に左右に横移動する俺に魔法を当てる練習をしたり、固定された通常の的をどれだけ離れた位置から破壊できるかを検証したりと、とても楽しそうに魔法を撃つナナだった。
で、一時間ほど練習して判明したのは、キャストリカバリは約1秒と短く、魔力回復量は驚いたことに(!!!)1分あたり10くらいはあるみたい(正確な値は不明だけど)。
なぜって、魔力が枯渇したあと、1分間のインターバルで次の魔法を発動できたから…。これってかなりの(てか、異常な)回復力だよ。この世界の人間の魔力回復量は、1分あたり1~3と言われているからね。
余談だけど、俺自身の魔力回復量は未検証だ(魔力が枯渇しないから検証できない…)。一度検証しておきたいとは思っているんだけど…。
なお、射程距離としては、届くだけで良いなら50メートルくらいだけど、威力(破壊力)を考えると30メートルくらいが限度だったよ。
これらの練習によって、ステータス画面での魔法選択や照準を合わせる速度も向上してきたようだ。うん、やっぱ練習は必要だよな。特に、動き回る相手に魔法を当てるのは難しいと思う。
「サトルさん、ナナさん。少し休憩されませんか?」
裏庭にいた俺たちのもとへ近付いてきたのはアンナさんだった。
「そうですね。ありがとうございます。キリも良いのでこの辺にしておこうか?」
前半はアンナさんに、後半はナナに向けての言葉だ。
「お兄ちゃん、魔法ってめっちゃ楽しいね。もっともっと練習してスキルレベルを上げていきたいよ」
「ナナさん、集中して練習するよりも、少しずつでも毎日継続して使っていくことが大事なのよ。あと、そんなすぐにはスキルレベルは上がらないから、落ち込まないようにね」
アンナさんがアドバイスしてくれたけど、転生者であるナナはどうなんだろうね?果たして普通の人と同じなのだろうか?俺の予想では(魔法に関しては)スキルレベルが上がりやすいのではないかと思っているんだけど…(あくまでも予想)。
「とりあえずお茶にしましょう。旦那様とお嬢様がお待ちです」
おっと、それはすぐに行かないと…。お待たせするのは申し訳ない。
・・・
その日の晩餐のあと応接室で談笑していると、ある気配が近付いてくるのが分かった。ちなみに部屋の中には伯爵様、エイミーお嬢様、俺とナナ、執事さん、アンナさんの六人がいる。
この気配はおそらくアークデーモンのメフィストフェレス氏だな。眷属化したせいで、近くにいるとその気配が分かるようになったのだ。
「戻ってきたようですよ。皆さん、裏庭に出て出迎えましょう」
六人全員で裏庭へと移動し、空を見上げるとメフィストフェレス氏がちょうど上空から降下してきているところだった。
『人間、手紙は置いてきたぞ。その証拠にこれを持ち帰った。価値のある物なのか分からぬが、金色に光っておったからな』
受け取った物体は、一辺が約5cmの立方体であり、楕円形の持ち手(らしきもの)が付いていた。
アンナさんが掲げている照明の魔道具(ランタンみたいなやつ)の明かりで見てみると、確かに金色で、しかもかなり重かった。まさか純金なのか?
楕円の部分が持ち手で、立方体の部分がハンコだろうか?よく磨かれているその面には、何か模様が彫り込まれているのが分かった。
うーん、朱肉(ってあるのか?)かインクを付けて紙に押してみないと、はっきりとは分からないな。
まぁ、それはあとで考えよう。
『メフィストフェレスさん、どうもありがとうございました。もしも俺の力が必要になったら言ってください。できるだけ力になりますので…』
『うむ、もはや召喚の道具を使うことなく自由に行き来できるからな。何かあったらまた我を呼ぶが良い。ではな』
へ?召喚の人工遺物無しで呼べるの?あー、うん、何となく分かる…。確かにできそうだ。これも眷属化の効果みたいだな。
メフィストフェレス氏が消えたあと、伯爵様が俺の手元をガン見していた。手元と言うか、さっきの金印だな。漢委奴国王印っぽい(写真でしか見たこと無いけど…)。
「ツキオカ殿、僕にもそれを見せてもらえないだろうか?」
「あ、どうぞどうぞ。メフィストフェレス氏が王太子殿下のところから勝手に持ち帰ったみたいなんですが、これって大丈夫なんでしょうか?何だったら伯爵様に献上致しますが…」
うん、ヤバい物は誰かに渡してしまうに限る。
「とりあえず建物の中へ戻ろうか。詳しく見てみたいからね」
伯爵様もヤバい雰囲気を察知したのか、献上するという俺の言葉に何も答えてくれなかったよ。危機察知能力が高いのか?
・・・
お屋敷の応接室に戻った俺たちは、執事さんの用意してくれたインクと紙でさっきの印鑑らしきものを紙に押印してみた。
紙の目が粗いので、ところどころ擦れてはいるものの、全体像は把握できたよ。左を向いた鷲か鷹のような鳥の絵とその下に文字が入っていた。
「この文字みたいなもの、何と書いてあるか読めるかい?」
伯爵様の質問にはすぐに答えることができた。
「はい。ビエトナスタ語でこう書かれています。【ビエトナスタ国王之印】と…」
伯爵様が絶句しているよ。やはりヤバい物だったか…。
「これはおそらくビエトナスタ王国で使われている国王陛下の印璽じゃないかな。これが押された書類が国王陛下の裁可を得ていることを表しているのだと思う」
固まっていた状態から復帰した伯爵様が自身の推測を口にした。
「あの警告文の文面では、こちらの伯爵家の関係者が持ち去ったと疑われるかもしれませんね。メフィストフェレス氏に言って、元に戻させましょうか?」
「いや、ビエトナスタ王国の国防軍の捕虜たちの身代金と合わせて、この印璽の返還費用も請求してやろう。今回の誘拐未遂事件に対する慰謝料も合わせてね」
イケメンの伯爵様の顔が、悪代官のように悪だくみをしている感じの顔になっちゃってるよ。エイミーお嬢様もこれには引くんじゃないか?…って思ったら、お嬢様も一緒になって悪い顔になっていた。貴族って怖い…。
いったいどれだけの額を請求するつもりなんだろう?
「ビエトナスタ王国からの賠償金が入ったら、『白銀の狼』と君たち『暁の双翼』には臨時ボーナスを出すつもりだよ。多分、かなりの額になると思うから、期待しておいてくれたまえ」
「ありがとうございます」
うん、貰えるものは貰っておこう。
実は【耐鑑定】の魔装具が欲しいんだよね。ナナの分とメフィストフェレス氏に着けてもらうために…。
ナナの【耐鑑定】が低い(スキルレベル12)せいで、簡単に【鑑定】されてしまい絡まれることになってしまうのだ(冒険者ギルドでの一件のように)。なので、少しでも底上げしておきたい。
あと、メフィストフェレス氏に着けさせたい理由は、ステータスの【名前】の箇所に『メフィストフェレス(サトル・ツキオカの眷属)』と表示されていたから…。
…って、俺の名前が出ちゃってるからね(大問題…)。こちらは【耐鑑定】が78だから簡単に【鑑定】されることはないと思うけど、それでも【耐鑑定+22】の魔装具で100まで上げておきたいってわけ。
そんなわけでお金はいくらあっても良いのだよ(なにしろ、魔装具は高価なものらしいので…)。
あ、そうだ。一つだけ意見を述べておこう。
「伯爵様、すでにお考えのことと存じますが、国防軍第二部第三課の工作情報を提出させることも要求に加えるべきではないかと愚考致します」
「ん?あぁ、デルト準男爵の件か…。確かに第三課が行った懐柔工作に彼が応じたのかどうかを調べないといけないね。寄子であるデルト準男爵を疑いたくはないのだが…」
寄子というのは派閥の子分みたいなものだっけ?まぁ、配下の人間を疑いたくはないだろうな。
それでもデルトの街へ向かう往路での襲撃事件の際、デルト役場職員であるゴラン氏が指揮をとっていたことは間違いないのだ。直属の上司の自殺で解決した形にはなっていたけど、なんか怪しいよね。
そしてこの件がはっきりしさえすれば、今回の一連の事件は全てすっきりすることになる。俺としてもここまで関わったからには、全てを白黒はっきりつけたいと思っているからね。




