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061 ビエトナスタ王国での一幕 ~第三者視点~

 その日、ビエトナスタ王国の王城にある執務室ではある男が荒れていた。

 高齢のため病床についている国王陛下に代わり、国政を取り仕切っている王太子殿下その人だった。ただ、王太子と言ってもすでに中年に差し掛かっており、美食三昧(ざんまい)による中年太りとなった体躯(たいく)はこの男に為政者としての貫禄を与えている一方、女性にとっては嫌悪感をもたらすものでもあった。

「エイミー・アインホールド伯爵令嬢の拉致に失敗しただと!しかも二部の連中を一つの部署丸ごと捕虜にされるとはなんたる失態。すぐに第二部長をここへ連れてこい!」

 エーベルスタ王国のデルトの街へ向かう伯爵令嬢の誘拐に失敗した一件、及び同じ対象がリブラの街へ戻る際に満を持して投入した国防軍の部隊を撃退され、その人員のほとんどを捕虜にされた一件等、相次ぐ作戦の失敗に怒り心頭の王太子だった。


「それで宰相、エーベルスタ王国から何か言ってきたか?」

「いえ、襲撃からまださほど(とき)()っておりませぬゆえ、王室までは話が届いておらぬのでしょう。まだ何も…」

「国防軍第二部第五課の連中をどうすれば良いと思うか?」

 苦々し()に宰相へ質問する王太子だったが、選択肢は一つしかないだろう。

「身代金を支払うほかありますまい。現金ではなく、我が国の鉱山の権利を要求されるかもしれませぬな」

「いっそ全員を見捨てるか…」

「第五課は対ゴルドレスタ帝国に対する情報工作の(かなめ)ですぞ。それはあまりに短慮かと…」

「そもそもなぜ第五課を差し向けたのだ。その判断を下した第二部長を更迭(こうてつ)せねばならぬな」

 “手の()いている部署ならどれでも良い”と言ったのは王太子殿下ご自身ではないか…。

 宰相は内心では反論していたのだが、口に出さないだけの分別はあった。いや、だからこそ宰相まで(のぼ)り詰めたとも言える。


「いずれにせよ、()の側室としてかの女を召し上げるのは決定事項だ。こうなれば正規の外交ルートで交渉するしかあるまい。捕虜の身代金と合わせて、我が国の鉱山の権利を一部渡しても良い。交渉の詳細はお前に任せる」

「ははぁ、かしこまりました」

 宰相が一礼して執務室を退出したあと、王太子は(ひと)()ちた。

「エイミーたん、あの華奢(きゃしゃ)な身体を思うまま蹂躙(じゅうりん)できるのももうすぐだ。くくっ、楽しみでならぬわ」

 エーベルスタ王国がエイミー・アインホールド伯爵令嬢の身柄を差し出すことについて、微塵(みじん)も疑っていない王太子であった。そしてその推測は正しい。

 国としての利益、つまり国益を考えるのなら、少女一人を差し出すことによって得られる利のほうを選択するはずなのだ。それが為政者としての資質というものでもある。


 ・・・


 翌朝、目覚めた王太子が上体を起こした際、ある物に気付いた。それはベッドサイドに置かれた一枚の紙だった。

 寝るときにそんな物が存在したはずもなく、ならば夜中に誰かが置いたということになる。しかし、この寝室の出入口である扉には本人認証を行う人工遺物(アーティファクト)が取り付けられており、登録した人物(王太子ただ一人)以外は絶対に通さないはずなのだ。

 どうやってこの部屋に侵入したのか…。

 悩みつつも王太子はその紙を手に取って書かれている文章を読み始めた。そして、読み進めるうちに顔面蒼白になっていった。

 そこにはこう書かれていた。


 ビエトナスタ王国 王太子殿下へ

  此度(こたび)の二度にわたる誘拐未遂事件の報復として、貴殿を暗殺することに致しました。

  この紙がこの場に存在すること自体が、その実現が容易であることの証明になるでしょう。

  しかし、暗殺は容易ではありますが、改心の機会を与えることもまた重要ではないかと愚考するものであります。

  従いまして、これ以上の愚行を(つつし)んでいただけるのであれば、このまま何も致しません。

  ただし、この警告が聞き入れられない場合、二度目は無いことをここに断言しておきます。

  どうぞ最善の行動を選択されますよう、お願い申し上げます。


 王太子は寝間着のまま寝室を飛び出し、執務室へ向かいつつ大声で叫んでいた。

「宰相!宰相はおるか!昨日の命令は取り消す!おい、どこにおるのだ?」

 絶対に侵入できないはずの寝室という聖域に、いとも簡単に侵入されたのだ。もしかしたら寝ていたまま、二度と目覚めなかったおそれもある。

 それを考えると、誰がどうやってこの紙を置いたのかという疑問の前に、恐怖心が湧いてくる。

 手を出してはならない相手に喧嘩を売ってしまったのではないか?

 王太子の胸中は千々に乱れ、どうしても冷や汗が止められない。二度とエイミー・アインホールドには関わるまい。今更ではあるが、そう固く決心した王太子だった。


 余談だが、王太子が常に肌身離さず持ち歩いている国王印璽(いんじ)、それは当然寝室にまで持ち込んでいた。

 この印璽は政務を行うにあたって必要不可欠な物であり、替えの存在しないものである。それが寝室内のいつも置いている場所から忽然(こつぜん)と消えていたのだ。

 そして、それが紛失していることにパニック状態の王太子が気付くことは無かった。しばらくの間は…。


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