059 警告
伯爵様は驚いた様子もなく、俺の質問に静かに答えてくれた。
「もちろん、検討したさ。だが、調べれば調べるほど、暗殺実行の難しさに愕然としたよ。殿下は国内外に数多の敵がいらっしゃるようで、その警備体制は単なる暗殺者が破れるものでは無いらしい」
「具体的にはどのような?」
「昼間は常に近衛が周りを固めているし、夜間は一人になるけど王城の最上階で就寝するため、そこまでたどり着くことはまず不可能だそうだ」
なるほど…。認識阻害のローブを着ていたとしても、【看破】のスキル持ちがいたらすぐに見つかってしまうだろうしな。
でも、待てよ。王城の最上階ってことは、空を飛んで侵入できないだろうか?もちろん、そんな魔法は無いのだが、道具だったら作れるかもしれない。例えば、熱気球とか…。
俺は伯爵様にもう一つ質問した。
「その王城に空中から侵入することはできませんか?」
「ん?窓はあるはずだから、鳥なら侵入できるだろうね。でも鷹などの猛禽類を調教して暗殺を計るのは難しいと思うよ」
ここで俺にはあるアイディアが閃いていた。
「実際に暗殺はせず、警告の手紙を空中から殿下の寝室へ届けてもらいましょう。いつでも暗殺できるという脅しとして…」
「いったいどうやって?ツキオカ殿には何か考えがあるのかね?」
伯爵様の疑問に答える前に、本人の了解が必要だな。今こそ、この前の恩を返してもらおう。
そう、もうお分かりだろう。アークデーモンに手紙を届けてもらうのだ。
ただ、承諾してくれるかどうかは分からないけどね。
俺は晩餐の席では語らなかったアークデーモンとの戦いをこの場限りの話として詳らかに語り始めた。エイミーお嬢様とアンナさん、それにナナも話の途中で所どころを補足してくれた。
話を聞いた伯爵様や執事さんは驚きに目を見張っていた。そりゃ、下手したらその場にいた全員が死んでいたわけだからね、エイミーお嬢様も含めて…。
「ツキオカ殿には感謝してもしきれないな。そうか!そのアークデーモンに依頼するわけだね」
「ええ、ただし私の従魔というわけではありませんから、依頼しても断られる可能性もありますけど…」
従魔とは、人間が配下として従えている魔獣のことだ。【調教】というスキルを持つ人間を調教師と呼び、その調教師の配下が従魔となる。
ちなみに調教できるのは動物系(ウルフやベアなどの哺乳類)や竜族(ワイバーンやドラゴンなどの爬虫類)のみであり、悪魔族は調教できないらしい。
これらの知識は全部ナナからの受け売りだけどね。
「ツキオカ殿はビエトナスタ語で警告文を書くことは可能かね?僕は恥ずかしながらビエトナスタ語を学んでないんだ。ゴルドレスタ帝国で用いているゴルドレスタ語であれば分かるのだがね」
「大丈夫です。文面さえ考えていただければ、それをビエトナスタ語に翻訳して紙に書くことは可能です。どうぞお任せください。あと、ここからビエトナスタ王国の王城までの地図を描いていただけませんか?街道や目印となる街や村、それに方角が分かるだけの簡易なもので構いませんので…」
「お安い御用だ。ふふふ、これは面白くなってきたぞ。顔面蒼白になった隣国の王太子殿下の顔が目に浮かぶよ」
全員が希望に満ちた顔になっている。さっきまでは悲壮な表情だったんだけどな。
これでアークデーモンに断られたら俺の立つ瀬が無いな。いや、おそらく受けてくれるとは思うんだけど…。
・・・
人払いをした裏庭で召喚の人工遺物を起動した俺。
見覚えのある魔法陣が出現し、ほどなくしてアークデーモンがこの場に現れた。なお、伯爵様やエイミーお嬢様には少し離れてもらっている。アークデーモンが俺の言うことを聞いてくれるかどうか分からないからね。
『人間、我を呼び出したということは何か仕事があるのだな?どこの何者を殺せば良い?』
『お久しぶりです。さっそく呼び出してしまい、申し訳ありません。実は…』
俺は仕事の内容を詳細に説明した。もちろん、手書きの地図や警告文を書いた紙を見せながらだ。
『くくく、そのようなこと造作もない。だが、戦いになったときはどうする?殺しても良いのか?』
『ご自分の命を危険に曝してまで不戦を貫く必要はありません。ただ、先方に与える脅威度は誰の仕業か分からないほうがより大きくなると思いますので、できれば隠密にお願い致します』
『了解した。おお、そうだ。この件の報酬と言うわけではないのだが、できれば我に名前を付けてくれぬか?』
へ?名前?どういうこと?
『その名を我が受け入れれば、我はお主の眷属となるのだ』
『眷属?従魔とは異なるのですか?』
『うむ、従魔とは主従関係にあるものだが、眷属は身内ということになるな。上下関係では、お主のほうが上位者になるから心配することはないぞ』
悪魔族のアークデーモンと身内になるって、なんかヤバくないか?
ちょっと、アンナさんやナナと相談したほうが良いかも…。
俺はアークデーモンを待たせた状態で、離れたところにいるナナのところへ向かった。伯爵様やエイミーお嬢様、アンナさんも近くにいる。
アークデーモンが依頼を快諾してくれたことを伝えたら伯爵様とお嬢様はとても喜んでくれた。
しかし、名付けの件を話すと、目を見開かれたよ。うん、そういう反応になるよな。
「サトルさん、悪魔族を従魔にするなど聞いたことがありませんよ。どれだけ非常識なんですか!」
アンナさんが激オコだ。いや、怒っているわけじゃないな…。あと、従魔じゃないよ。
「お兄ちゃん、どういう名前を考えてる?」
ナナの中では、名付けするのは決定事項らしい。
「悪魔族だからな。サタンとかベルゼブブとかかな?」
「えぇぇぇ、ありふれてるよ。ここはアスタロトとかメフィストフェレスとかじゃないかな」
「俺はファウスト博士かよ。うん、メフィストフェレスって良いな。それにするか」
地球出身者だけに通用する会話を展開する俺とナナだった。