056 晩餐の席で
とてつもなく広い食堂には細長いテーブルがあり、白い布がかけられていた。
中央(テーブルの短辺の一方)には先ほど会った伯爵様が座り、向かって右側の端っこ(伯爵様に最も近い位置)にエイミーお嬢様、その隣に俺、そしてナナと続いている。
向かって左側はバッツさん、ハルクさん、イーリスさん、サリーと並んでいる。お嬢様とバッツさんが向かい合わせに座っている形だね。
「それでは食事を始めようか。ああ、今日は無礼講だから、マナーとか気にしなくても良いよ。この晩餐に招いたのは、僕とエイミーの感謝の気持ちだからね」
うーん、伯爵ってかなり偉い貴族だと思うんだけど、なんとも貴族っぽくない(偉ぶらない)人だ。さすがはエイミーお嬢様のお父上ってところか。
テーブル上に続々と並べられていく様々な料理たち。やはりコース料理じゃなかったみたいだね。ホッとした。
向かいのイーリスさんやサリーが目を輝かせてこれらの料理を見ているよ。
あれ?そう言えば、伯爵様の奥様やエイミーお嬢様のご兄弟はいらっしゃらないのかな?この席では聞きづらいな。
伯爵様が食べ始めたのを見て、バッツさんが料理に手を伸ばし、それに釣られるように他のパーティーメンバーも食事を始めた。
俺やナナも食べ始めたんだけど、さすがは伯爵家というべきか、めちゃくちゃ美味かった。デルトの別荘の料理も美味かったけど、ここの料理はそれ以上だ。
「皆、食べながらで良いので、今回の襲撃事件について詳しいことを教えてくれないかな。エイミーからも聞いているけど、戦闘の当事者から聞く話は、また別だからね」
伯爵様の言葉を聞いて、最初に話し始めたのは俺だ。時系列的に、まずはデルトの街へ向かう伯爵家ご一行を盗賊たちの襲撃から守った話からってことになるからね。
「30人以上いた賊たちを初級魔法の連射で倒したのか。きみの魔力量はいったいどうなっているのかね?あ、いや責めているんじゃないよ。感心しているんだ」
「お父様、ツキオカ様はそのあと【光魔法】で騎士や盗賊たちの傷を癒し、街道脇の休憩所では【水魔法】の中級まで発動したんですよ。三属性ですよ、三属性」
お嬢様も興奮気味に口を挟んできた。
「何!?それは聞いてないぞ。それが真なら王宮に報告しなければならないが…」
「あ、しまった。これは秘密でした。お父様、今の話は聞かなかったことにしてくださいませ」
澄ました顔でしれっとそんなことを言うお嬢様…。いや、もう遅いと思いますけど。
「ツキオカ殿、今の話は本当かね?」
「いえ、俺、いえ私は二属性の魔術師です。適性のある属性は【風魔法】と【光魔法】だけでございます」
俺もしれっとギルドに登録している内容だけを伝えた。アークデーモン戦のことは現場でお嬢様が箝口令を敷いてくれたし、【水魔法】の【アイススピア】を使ったことはきっとバレないだろう。
向かいの席に座る『白銀の狼』四名も料理に集中しているフリをして、伯爵様と視線を合わせようとしない。いや、まじで料理に夢中なだけかもしれないが…。
「うーん、なるほど。事情はだいたい分かったよ。ツキオカ殿のためにもそういうことにしておこう」
すごいな、伯爵様。色々と『察する』能力が高過ぎる。でも、俺にとってはありがたいです。
「それじゃ、次はこの領都へ帰るときに襲われた一件だな。マウントバッテン殿、詳しい話を聞かせてくれないか」
ブフォ!いきなり話を振られて驚くバッツさん…。いや、あんたこの中で最も冒険者ランクが高いんだし、少しは説明してくれよ。食べてばっかじゃなくて…。
「お、俺?俺、いえ私は敬語が苦手なんでございますよ。お、おい、サトル、頼むよ」
焦るバッツさんはイーリスさんやサリーからジト目で見られていたよ。リーダーの威厳も何もあったもんじゃねぇな。
で、結局俺とナナの二人で戦いの詳細を説明した。まぁ、認識阻害のローブを着て戦場を俯瞰していた俺が、全体像を最も把握していたのは確かだからね。
ナナは随時俺の発言の補足をしてくれた感じだ。
あ、もちろんアークデーモン戦のことは話さなかったよ。
「うーむ、この子が狙われたのはおそらく…。実は我がアインホールド伯爵家には跡継ぎがこの子だけしかいない。さらにこの子の母親も他界している上、後添いを貰う気も無い。したがって、先々この子に婿をとって、この家を継いでもらうつもりなのだ。しかし…、いや、この場では止めておこう。そうだ、ツキオカ殿には兄妹揃ってこの屋敷に逗留してもらいたのだが、いかがなものかな?」
何かを言いかけた伯爵様だったが、何だったのだろう?何か事情がありそうだな。あまり関わりたくないけど…。
俺は隣に座るナナに目を向けて、どうしたいのかを目で問うてみた。
ナナが静かに頷いたのを確認した俺は伯爵様にお答えした。
「それではご厄介になります。妹ともどもよろしくお願い申し上げます」
「『白銀の狼』の皆も希望するなら部屋を用意するが、どうするかね?」
「お、俺たちは街中の宿屋に泊まります。き、緊張で死にそうなので…」
イーリスさんが残念そうにしていたけど、サリーはうんうん頷いていた。ちなみに、ハルクさんは無言だ。
「ふむ、そうか。無理強いはしないよ。それでは二人分の客間を用意しよう」
後ろに立っていた執事(っぽい人)がメイドさんにハンドサインを送っていた。部屋の準備に取り掛からせたのだろう。
てか、主の意思を推測して、命令が無くても先回りして動く使用人たちってやはりすごいよ。さすがは伯爵家の使用人だ。
このあと、和やかな雰囲気で食事は進み、食後『白銀の狼』の四人は荷馬車で去っていった。
「それじゃまたな、サトル、ナナ。冒険者ギルドのリブラ支部でまた会おうぜ」
バッツさんたちはしばらくはこのリブラで活動して、もしもデルトへ向かう商人の護衛依頼なんかがあれば、それを受注してデルトへ戻るとのこと。
弓士の募集をリブラで行うと言っていたし、しばらくはこの街に滞在するらしいけどね。
まぁ、きっとギルドに行けば会えるとは思う。俺たちも護衛依頼達成の報告をするためにギルドに行かなきゃならないし…。
あ、ナナに【水魔法】の【コーチング】を受けさせてやらないと…。これは最優先事項だった。




