054 複合魔法
エイミーお嬢様が下した決断、というか方針はなかなか理に適ったものだった。
・騎士二名がこの場(襲撃現場)から領都リブラへ向けて馬を早駆けさせ、今日中に領都へ到着する。
・その際、途中で馬が潰れないように、替え馬を二頭伴っていく。
・こちらに残る騎士が二名ほど徒歩になってしまうが、捕虜も徒歩移動であるため機動性に問題はない。
・領都に着いた騎士はすぐに領主であるアインホールド伯爵に今の事態を報告する。
・伯爵には捕虜移送用の馬車を複数台用意してもらうと共に応援の騎士を派遣してもらう。
・俺たちは少しデルト側に戻って、一か月前にも利用した街道脇の休憩所(道の駅みたいな所)で待機する。
・応援が到着次第、その部隊と共に領都へと出発する。
問題は捕虜を含めた人数分の食糧をどうするかだが、ナナの【アイテムボックス】には(伯爵家の命により)かなりの量の食材を収納してきたので、それを提供すれば問題は無い。実は俺の【アイテムボックス】にもかなりの量の食料が入っているんだけどね(こちらはもしもの時の保険だ)。
デルトの街へ戻る行為が危険であると推理したお嬢様の英断だ。うん、良い判断だと思います。
「ここで野営するのは一か月ぶりですね。そうそう、この場で菓子パンに出会ったのでした。懐かしいです」
アンナさんがしみじみ言ったけど、おそらく一か月前よりは快適に過ごせると思う。なぜって、アンナさんの【アイテムボックス】には大量の野営グッズが入っているらしいから…。あ、もちろん、俺たち(ナナと俺)の【アイテムボックス】にもね。
いや、ほんと便利だよなぁ、このスキル。
ただし、アンナさんの【アイテムボックス】は時間経過『無し』ではないので、食料は保存の効くものだけしか入れられないけど。
あと、マックス隊長ほか二名の騎士さんにはビエトナスタ語の『飯』と『トイレ』という単語だけは教えておいた。逆に、パレートナム氏たち捕虜にもエーベルスタ語における『飯』と『トイレ』にあたる単語を教えてあげたよ。
捕虜の世話を騎士さんたちが行うんだけど、いちいち俺が通訳として呼ばれないようにするためだ。
両国は戦争中ではないんだけど、捕虜の扱いは敬意をもって行わないとね(盗賊とは違うよ)。
この日の夜、夕食の片づけも終わり、エイミーお嬢様が就寝するために馬車の中へ引っ込んだあと、アンナさんが俺の隣にやってきた。
「サトルさん、一つ質問させていただいてもよろしいですか?」
「どうぞどうぞ。俺が答えられることであれば」
「アークデーモンとの戦いの終盤で使った魔法は上級魔法だったのでしょうか?中級にしては威力が大きかったように思えるのですが…」
お、誰かに訊かれるとは思っていたけど、やはり訊かれたか。
そうだ、アンナさんって二属性の魔術師なんだから、複合魔法を試せるんじゃないか?
「上級はスキルレベル的に使えませんね。あれは初級の【ウインドブラスト】と中級の【アイススピア】を同時に発動したんですよ」
「えええぇぇぇ?そんなことが可能なんですか?」
「そうですね。怪我の功名でできちゃいました。と言うか、あれが無ければ負けてました。もしかしたら、アンナさんも【火魔法】と【水魔法】の複合魔法ができるかもしれませんよ」
この言葉を聞いたアンナさんは目を輝かせ、さっそくできるかどうかを試してみるとのこと。
攻撃魔法で試すのは危険なので、【火魔法】の【スモールファイア】(小さな火を灯す初級魔法)と【水魔法】の【ウォーターストリーム】(水流を生み出す初級魔法)を同時に発動するとどうなるかを検証してみるとのこと。
火と水でその効果が相殺されてしまうかもしれないけどね。
俺はアンナさんに【複合魔法】(ただし、俺の勝手な命名)のやり方を教えてあげた。最初の魔法をキャンセルしない状態で待機させ、次の魔法を選択すること、二つの照準をぴったりと合わせること等だ。
なお、アンナさんの【火魔法】初級の成功確率は55%、【水魔法】初級の成功確率は59%だ。したがって、両方同時に成功する確率は約32%となる(【火魔法】のみが23%、【水魔法】のみが27%、両方失敗が18%)。
確率的に何度か試行錯誤が必要かもな。
「発動してみます」
魔法で生成した水が事前に用意しておいた鍋の中に溜まっていく。いや、ちょっと待て。水じゃないぞ、これ。
おっと、一発で成功か?
焚火の仄かな明るさでは見えにくいので、【光魔法】の【ライト】を発動し、この辺り一帯を明るくしてみた。
すると鍋からは湯気が立ち昇っているじゃないですか…。これって湯だよ。
手を浸してみても温かい。摂氏で言えば40度くらいかな。熱湯ってわけでもないし、湯浴みするにはちょうど良いくらいの温度だ。
あ、余談だけど、この世界には入浴の習慣が無いみたい。身体を清潔に保つためには、布を水か湯に浸して、それを使って身体を清拭するのが一般的だ。
この魔法があれば(秋から冬にかけての寒い季節になってからは)お湯を手軽に使えるようになるってわけだ。うん、めちゃくちゃ便利だと思う。
「アンナさん。お湯ですね、これ。どうやら成功したようです。てか、直接お湯を生成できるのはかなり便利ですよね」
「し、信じられない…。こんなことができるなんて…。ああ、サトルさんにはどうお礼をすれば良いのでしょうか?」
「いや、気にしないでください。俺も【火魔法】と【水魔法】の複合魔法を検証できて良かったです。次は、魔獣相手に【ファイアアロー】と【ウォーターカッター】の複合魔法を試してみたいですね」
どうなるんだろう?単純に考えると、お湯が噴出する魔法になりそうだけど…。てか、自分でも試せるんだけどね(俺が【火魔法】を使えることは秘密だけど…)。
このタイミングで、少し離れた場所にいたナナが戻ってきた。サリーやイーリスさんと女子トークしていたみたいだね。
「サトルお兄ちゃん。【ライト】を発動させてどうしたの?」
「ああ、ナナか。お帰り。いや、アンナさんが魔法でお湯の生成ができるか実験してたところなんだ」
「ええ?そんな魔法、聞いたことが無いよ。あれ?でもこれってお湯だね」
指先を鍋に溜まったお湯につけたナナが不思議そうに発言し、それに対してアンナさんが返答した。
「ナナさん、これは火と水の魔法を組み合わせたのよ。そのやり方はサトルさんに教わったんだけどね」
「え?どういうことですか?…あ、アークデーモンに致命傷を負わせたお兄ちゃんの攻撃魔法…、あれも複数の魔法を組み合わせたってこと?」
さすが魔法のことになると勘が良いな。その通りだ、妹よ。
俺はアンナさんにも行った説明を再度ナナにもしてあげた。
「二属性の魔術師がとても珍しいとはいえ、なぜ今までこの技術が発見されていなかったんだろう?過去、誰かが試していてもおかしくないよね」
「うーん、俺もあのときは殺されかけていて、普通の精神状態じゃなかったしな。ほんとたまたま見つけただけだぞ」
ナナの疑問はもっともだ。今までの二属性の魔術師には、強い探求心を持った人がいなかったってことなのか?
まぁ普通はそんなこと、試したりはしないか…。余程の変わり者くらいだろう。
いや、そんなことより俺の【風魔法】初級の成功確率は72%、【水魔法】中級の成功確率は51%なんだよな。両方同時に成功する確率は約37%なのだ。
あのとき、よくぞ一発で成功したものだ。もしも失敗していたら死んでいたんだよな。今更ながら怖くなってきたよ。
 




