053 戦いを終えて
「お兄ちゃん!」
馬車の陰から飛び出したナナが俺に抱きついてきた。地面に座っている俺の頭部にナナの胸の膨らみが当たっているよ。
巨乳と言うほどではないけど、そこそこの大きさのアレが柔らかくて気持ち良い。…って、変態か!
「ナナさん、抜け駆けはダメですよ」
冷気をまとった(風の)アンナさんがすぐそばに立って、俺たちを冷たく見下ろしていた。怖っ…。
上着の襟部分を掴んでナナを俺から引きはがしたアンナさんは、俺にこう言った。いや、なんか目が怖いんですけど…。
「サトルさん、最後のあれは何だったのですか?私にはアークデーモンを回復してあげたようにしか見えなかったのですが…」
うっ…、やはり魔獣を治癒するなんてご法度だったのかな?
で、でも勝手に召喚したのは俺たちなんだから、わざわざ殺すことはないよね。
俺はアンナさんや集まってきた他の人たちへ、戦闘後にアークデーモンと交わされた会話について詳しく説明した。
「はぁ~、アークデーモンの討伐なんて冒険者にとってはすごい功績なんですよ。しかもAランク魔獣の魔石ともなれば、それだけで一財産になるほどです。サトルさんの無欲さには呆れます」
アンナさんがまじで呆れていた。いや、会話の成立する相手をそんなに簡単に殺せるもんじゃないですよ。
「いや、死体や魔石という討伐証明となる証拠品は無いが、アークデーモンを一人で撃退したことについては俺たちが証言するぜ。これって特例ですぐに冒険者ランクが上がるくらいの功績だからな」
バッツさんも俺にとってありがたい申し出をしてくれた。
でも、この一件は秘密にしておいて欲しいんだよな。なぜなら三属性の魔術師であることがばれてしまうから…。
戦闘詳報を提出する場合、俺が使った魔法が【水魔法】【風魔法】【光魔法】の三つであることは明記せざるを得ないし、しかも【水魔法】と【風魔法】の同時発動については、まだ詳しく検証できていない技術なのだ。
なのでアークデーモンの召喚については、最初から『無かったこと』にしてもらいたい。そして召喚用の人工遺物については、できれば俺に預からせて欲しい(奴を再び呼び出すためじゃなく、危険だから【アイテムボックス】に死蔵しておきたいのだ)。
こうした内容を全員に(主にエイミーお嬢様に)伝えたところ、なんとか了解を得ることができた。
「ツキオカ様がいなければ、私たちは全員、死んでいましたからね。この程度のお願いであれば聞き入れるのが当然です」
「えええ、誰かに話したいなぁ。現場で生の戦いを見れたこと、酒場とかで自慢したいよ」
エイミーお嬢様の言葉に異議を唱えたのはサリーだ。すごいなお前、不敬罪になるぞ。
「冒険者の皆さんも騎士たちも良いですね。これはアインホールド伯爵家としてのお願い…いえ命令です。アークデーモンは召喚されなかった。召喚の人工遺物など最初から存在しなかった。そういうことにしておきましょう」
お嬢様、ありがとうございます。
今後、お嬢様からのご依頼は最優先で受けますよ。もちろん、ナナとは相談するけどね。
・・・
このあと、パレートナム氏率いるビエトナスタ王国国防軍第二部第五課の生き残り、総勢16人を徒歩で連行していかなければならない。
となると領都リブラではなく、デルトの街へとんぼ返りするべきだろう。この場所からであれば、まだデルトのほうが近いからね。
ただ、先ほどのパレートナム氏の証言が気になるところだ。デルト準男爵が敵側に寝返っている可能性が高いという情報…。
うーん、もっとも簡単なのは、捕虜として連行するのはパレートナム氏だけにして、当初の予定通り領都リブラへ向かうことだ。その場合、残りの捕虜はここで死んでもらうことになるけどね。
でも、こんな非情な判断をエイミーお嬢様が下せるとは思えない。いったいどうするつもりなんだろう?




