052 対アークデーモン戦②
アークデーモンはゆっくりと近付いてきた。
おそらく最後は物理的な攻撃(体術)で決着をつける気だろう。これは魔力残量の問題かもしれないし、もはや俺に有効な攻撃手段が無いことを確信したせいかもしれない。
『無駄に苦しまぬよう、即死させてやろう。これは我がお前に抱いた敬意でもあるぞ、人間よ』
【徒手格闘術】のスキルレベルを比較すると、奴が239で俺が81だ。とても勝負にならない。
徐々に近付いてくる奴に恐怖を覚えた俺は、【風魔法】の【ウインドブラスト】をぶつけて奴を押し戻そうと、照準を合わせた。
だが、ここでふと思った。初級魔法を撃っても意味が無いんじゃないか?
ダメージを与えることはもちろん、押し戻すことすらできないのでは?
魔法はキャンセルを念じれば中止することができる。普段の落ち着いた精神状態ならば、キャンセルしてから別の魔法を準備したはずだ。
しかし、このとき俺は精神的にテンパっていた。
【ウインドブラスト】をキャンセルせず(つまり、先ほどの照準が出たまま)、【水魔法】の【アイススピア】を選択したのだ。
照準がもう一つ出現したので、先ほどの照準にぴったり重なるようにして発動した。ずれているのが気持ち悪いという几帳面な理由からだった。
発動した瞬間、何かが射出された感覚はあったのだが、目には見えなかった。
いや、通常の【アイススピア】だったら飛んでいく氷柱が見えるのだ。それが見えなかったのは、撃ち出しの初速が異常に速かったということだろうか?
そして、この現象に驚いていた俺よりも、さらに驚いていたのがアークデーモンだったのかもしれない。
奴の腹部には、ぽっかりと直径5cmくらいの穴が開いていたのだ。…って、これって【アイススピア】が貫通したってことか?
『ぐふっ、い、今の魔法は何だ?【土魔法】の【ストーンライフル】よりも大きな質量の物体が我の身体を貫通したのか?し、信じられん…』
悠然と浮遊していた奴は、今や地上に落下しており、さらに両手を地面に付けている状態だ。おそらく今の一撃が致命傷になっていると思われる。
いや、俺も信じられん…。これって【ウインドブラスト】と【アイススピア】を同時に発動したということなのか?そう、名付けるのなら【複合魔法】とでも言おうか…。
瀕死の状態のアークデーモンが俺に言った。
『我は死ぬが、お前も死ぬ。相打ちだな』
『いえ、死ぬのはあなただけですよ。俺の受けた傷は【光魔法】で治癒しましたから』
『な、なにぃ~。人間、お前も我と同じ二属性だったのか?』
『いえ、全属性です。七つの属性全てを使えます』
アークデーモンが絶句していた。まぁ、信じてもらえたかどうかは分からないけど…。
しばらくして、奴は諦めたようにこう言った。
『勝負はお前の勝ちだ、人間よ。さっさと我を殺せ。止めを刺すのも慈悲であるぞ』
これを聞いた俺は【光魔法】の【グレーターヒール】を発動し、アークデーモンの傷を完全に治癒してやった。魔獣にも効くんだな、これ。
『おい、人間。これは何のまねだ?我をどうするつもりだ?』
『人間の勝手で呼び出しておいて、殺すなんて理不尽すぎるでしょう。俺としてはこのまま何もせずにお帰りいただきたいだけなのです』
このセリフを聞いた奴は、少しの時間だけ絶句していたよ。
このあと復帰した奴は、笑いながらこう言った。
『くっくっく、面白い。面白いぞ、人間。なるほど、敗者は勝者の要求に従うということであるならば、負けた我はお前の指示に従おう。だが、悪魔族は恩を忘れぬ種族である。この先、我の助けが必要なときあらば、もう一度呼び出すが良い。そのときこそ、命を助けられた恩を返そうではないか』
『えっと、そうですね。もしも機会があれば…』
大人しく帰ってもらうためにも奴からの提案は受けておこう。
ただ、将来的にこいつを呼び出したりするのか?…って、いや呼ばないよ。なんだか悪魔を使役する魔王みたいになっちゃうじゃん。
そして、アークデーモンの姿が煙のように消えた。多分、元いた場所に帰ったのだろう。出てくるときは時間がかかったけど、帰るのは一瞬だな。
俺は張り詰めていた緊張の糸が切れて、思わず地面に座り込んだ。
生き残った…、なによりそれが嬉しいよ。




