051 対アークデーモン戦①
『お待たせしました。それでは始めましょうか』
『ふむ、人間。少しは我を楽しませてくれよ』
20メートルくらいの間隔を開けて対峙するアークデーモンと俺。
仲間たちには一応、馬車の陰に隠れてもらった。流れ弾が飛んでいくかもしれないからね。ちなみに、パレートナム氏ほか多数の捕虜たちも縛り上げた状態のまま、馬車を挟んだ後方に移動させた。
初手は奴のほうからだった。俺は右手と右足を前に出した半身の体勢になっている(左側には心臓があるからね)。
目に見えない何かが、顔の前に立てていた俺の右腕に当たって砕けた。これは初級の【ストーンバレット】か中級の【ストーンライフル】だろうか?
俺の【魔法抵抗】スキルによって抵抗できたみたいだけど。
『ほほう、やるではないか。だが今のは所詮中級魔法よ。上級を喰らってみるが良い』
その言葉と同時に巨大な岩(直径1メートルはありそうだ)が俺に向かって飛んできた。目に見えない【ストーンライフル】は避けられないが、これはかろうじて避けることができる。おそらく上級魔法の【ロックブラスト】だろう。
当たれば即死だな。だが、当たらなければどうということもない。
俺のほうも【水魔法】の中級である【アイススピア】を発動した。高速で飛ぶ氷柱が奴を貫くはずだったのだが、あっさりと回避されてしまった。
機動力というか回避力も高いようだ。空を飛んでるしな。偏差射撃(進行方向の少し前方を狙って撃つこと)が必要であり、動いている的に攻撃を当てるのは極めて難しいよ。
しかも、魔法が避けられないと見るや、即座に【空間魔法】の【バリア】を発動して結界を張ったり、【ジャンプ】で瞬間移動を行ったりもするのだ。どうにも打つ手がない。
相手の攻撃は回避または抵抗できるんだけど、こちらの攻撃も当てられない。
奴は上級の【ロックブラスト】よりも中級の【ストーンライフル】を使って、確実に攻撃を当てにきたようだ。そして、これは確率的に10回に1回はダメージを喰らう可能性がある。
俺の【魔法抵抗】が80であるということは、【80-60+70】の計算式になるため、90%の確率で抵抗できるが、逆に言えば10%の確率でダメージが入るのだ。
ステータスを【鑑定】できない奴にとって、俺の【魔法抵抗】のスキルレベルは分からないものの、少しでも可能性のある【ストーンライフル】に賭けたんじゃないかな?
いや、単純に手数を増やしたいだけかもしれないが…。
そして、その勝負は奴のほうに軍配が上がった。
胴体部分を狙った奴の攻撃が俺の右わき腹付近から入り、背中側に貫通したのだ。背中から吹き出る血…。
「お兄ちゃん!」「サトルさん!」
ナナやアンナさんの叫び声が聞こえた。
俺は痛みよりも熱さを感じていたのだが、左手でわき腹付近の傷口を押さえたまま、痛みをこらえるようにその場に蹲った。そして即座に【光魔法】の【グレーターヒール】を自分自身に向けて発動した。
これ(ダメージを喰らった風の状態)は、奴の油断を誘うための演技だ。
さっきまでは魔法の狙いを外すように飛び回っていた奴は、悠然と俺に近付いてきた。おそらく致命傷を与えたと確信したのだろう。いや、実はもう治ってるんだけどね。
すっかり治癒していることを悟られないように、俺は顔を顰めながら奴に言った。
『ど、どうですか?かなり善戦できたんじゃないですか?や、約束通り、俺の死だけで満足して帰って欲しいのですが…』
奴は楽し気な口調で言った。
『くくく、久しぶりに面白い戦いができた。うむ、約束は守ろう。他の人間には手出しはせんよ』
『ありがとうございます。感謝します。ですが、俺もこのまま大人しくやられはしませんよ。最後の反撃をさせてもらいます』
奴との距離が近くなったため、ここで【アイススピア】を撃てば回避されることなく命中するはずだ。【バリア】も間に合うまい。
十分に引き付けて必中の距離になったと判断した瞬間、俺は【アイススピア】を発動した。
奴の身体に氷柱が突き刺さるのを確信した俺…。そして、それは確かに命中したのだ。
『くっくっく、やるではないか、人間。しかし、我の肉体強度を見誤ったな。ほとんどダメージが無かったとはいえ、我にかすり傷を付けたことは誇りに思っても良いぞ』
そう、攻撃は命中したのだ。だが、貫通どころか、刺さりもしなかったよ。
奴の腹部に多少の傷が付いて、体液がにじんでいるくらいだ。ダメだ、もはや絶望しかない…。




