050 交渉
俺はアークデーモンを【鑑定】した結果を全員に伝えた(馬車の中に避難していた女性陣には、俺の声が聞こえなかったかもしれないが…)。
隣にいるバッツさんは自ら【鑑定】できたみたいだけど、一応念のためね。
アークデーモンはすぐに行動を開始せず、現在の状況を確認するかのように辺りを見回している。翼をゆっくりと動かしながら、1メートルくらい上空に浮遊している状態だ。
やつが【鑑定】スキルを持っていないのが幸いだ。俺たちの中で脅威度の高い人物は誰なのか、そういう重要な情報を与えなくて済んでいる。
なお、俺は認識阻害のローブを着ていない。半ば強引にエイミーお嬢様に着せたのだ(不敬罪になってもおかしくないという状況だったが、後悔はしていない)。そう、今回だけは俺も譲れない(まだ13歳の子供が死ぬのなんて、とてもじゃないが許容できない)。
それに【魔法抵抗】のスキルレベルの高い俺がターゲットとなることで、奴から放たれる魔法の被害を分散できるという意図もあるしね。
奴は縛られて身動きのできないパレートナム氏を筆頭とする襲撃者たちには目もくれず、俺たち三人(バッツさん、ハルクさん、俺)を標的に定めたらしい。俺たちのほうへとゆっくりと近付いてきた。
馬車とその周りを囲むマックス隊長率いる騎士さんたちも抜剣して防御態勢を取っているが、そちらは後回しのようだ。良かった。
『ここはどこだ?虫けらが湧いているな。とりあえず潰しておくか』
え?しゃべった?
魔獣なのに言葉を話せるのか…。もしかして話せば分かる?
『アークデーモンさん、ここは人間の国エーベルスタ王国です。意図せず召喚してしまい申し訳ありませんでした。できれば速やかにお帰りいただければ嬉しいのですが』
ちょっと下手に出る感じで説得を試みた。できれば何もせず帰って欲しい。
『人間、我を召喚しただと…。何という不敬、万死に値する』
バッツさんとハルクさんが目を見開いてアークデーモンと俺を交互に見ているね。会話の内容は分からなくても、会話が成立している雰囲気は伝わっているようだ。
『召喚したのはそこにいる人間です。その者の命を差し上げますから、他の者は見逃していただけませんでしょうか?』
パレートナム氏を生贄にして、奴が納得してくれるのなら喜んで売るよ。でも嘘はついていない。召喚したのはパレートナム氏だからね。
俺に人差し指を突き付けられたパレートナム氏は、(俺のセリフ自体は理解できなかったはずだけど)汗を滝のように流しながら震えていた。
『くっくっく。人間、お前なかなかの胆力だな。我を相手に交渉を試みるとは、見どころがある。だが、断る。ここにいる人間どもは皆殺しだ』
くっ、ダメか…。もしかしたら説得できると思ったのだが…。【交渉術】のスキルが欲しい。
『で、では一つだけお願いを聞いていただけないでしょうか?』
『ふむ、言ってみよ』
『まず最初は、俺と一対一で戦っていただきたいのです。そして俺が負けても、その戦いを善戦と認めていただけたならば、他の人間を見逃して欲しいのです。いかがでしょうか?』
アークデーモンは(表情の分かりにくいヤギ頭ながら)面白そうに口元をゆがめて言った。
『面白い。長く生きてきてこんなに愉快なことは初めてだ。人間、お前の提案に乗ってやろう』
よ、良かった~。こいつが約束を守ってくれるという保証は全く無いけど、なんとかタイマン勝負に持ち込んだよ。
『それでは仲間に説明しますので、しばしお待ちを。戦いに横槍を入れさせないようにしなければなりませんので…』
『手早くやれよ』
俺はバッツさんやハルクさんの手を引っ張って、お嬢様たちの馬車のほうまで向かった。バッツさんは何かを言いたそうだったけど、まずは俺の説明を聞いてからと思ったのだろう。特に何も言わなかった(ハルクさんはもともと何も言わないタイプだ)。
「エイミーお嬢様、これからのことを説明しますのでちょっと出てきてください」
すぐに馬車の扉が勢いよく開き、ナナが飛び出てきた。
「サトルお兄ちゃん、あの魔獣と交渉できたの?私たち助かるの?」
魔獣と会話できることには何の疑いも持っていないナナだった。なにしろ、俺のスキル【全言語理解】のことを知っているからね。
興奮しているナナを宥めながら全員が揃うのを待つ俺。
交渉はできたけど、助かるかどうかはまだ分からないのだ、妹よ。
「ツキオカ様、なぜあの魔獣は何もしてこないのですか?これは助かったということでしょうか?」
お嬢様の疑問に答える形で、俺は先ほどのアークデーモンとの交渉結果を語った。
全員(ナナ以外)が魔獣と会話できる俺のことを懐疑的な目で見ていたよ。この視線は憧れや尊敬ではなく、不審または恐れだろうな。俺だって逆の立場ならそう思うし…。
ただ、このあとのアンナさんの言葉が変な空気を吹き飛ばした。
「サトルさんならそのくらいできて当然です。【最強のFランク】の異名は伊達じゃないってことですよ。そんなことより、サトルさんだけが犠牲になるようなことは認められません。私も一緒に戦わせてください」
おっと【ランク詐欺】なんかの異名は聞いたことがあるけど、【最強】ってのは初めて聞いたよ。てか、最強じゃないし…。
「おう、まったくだぜ。水臭い奴だ。まぁそれがサトルってことなんだろうがな」
にんまりと笑いながら、バッツさんもフォローの発言をしてくれた。やはり良い人だ。
「一対一の勝負はアークデーモンと俺との約束ですから、絶対に誰も手を出さないようにお願いします。それは俺が死にそうになったとしてもです。参戦しないという約束を守っている限り、俺が負けたとしても、おそらく皆さんは見逃してもらえるはずですから…。ただ、確約はできませんけどね」
「お兄ちゃん、絶対に負けちゃ嫌だよ。あ、そうだ。あいつの【土魔法】だけど、中級と上級にどんなものがあるかを教えておくね」
ナナの持つ魔法の知識には助けられっぱなしだよ。防御系の【ビッグウォール】や【ロックウォール】、攻撃系の【ストーンライフル】や【ロックブラスト】の簡単なレクチャーをナナから受けた俺だった。
俺は【土魔法】に関しては初級しか使えないから、中級や上級の知識が無かったのだ。マジで妹には感謝です。
このあと魔力回復ポーションをがぶ飲みして、先ほどの戦闘で消費した魔力量をわずかながら回復した。ただ、一度に大量に飲めるもんじゃないな、これ…。胃がタプタプしてるよ。
こうしてアークデーモンとのタイマン勝負の準備は整った。さあ、ベストを尽くすとしようか(負けても良いってのは気が楽だ)。




