049 現れた脅威
突然、周りの騒めきに何事かと周囲を見回すと、魔法陣っぽい円形の模様が宙に現れていた。直径2メートルくらいはありそうな円の中に精緻な模様が描かれていて、それが地上から3メートルくらいのところに浮いている。
その模様はしきりに点滅を繰り返していて、何か不穏な気配を漂わせていた。
『ようやく発動したか』
パレートナム氏が苦笑しつつも、人生を諦めたような複雑な表情を浮かべていた。こいつが何かを発動したのか?
『おい、この魔法陣みたいなやつは何だ?お前が何かしたのか?』
『ああ、そうだ。これは人工遺物の効果だよ。俺の懐にある人工遺物に魔力を込めると、アークデーモンを召喚できるのさ。ちょっと時間はかかるけどな。まぁ、あの魔法陣が出てしまえば、もはや中断はできねぇぞ。全員がアークデーモンに嬲り殺されることになるだろうな』
『その全員ってのはお前たちも含んでるのか?』
『ああ、そうだ。召喚者は殺さないなんて、そんな器用な真似はできねぇ。我が国が外交的に不利な状況に陥るくらいなら、ここにいる全員をあの世に送ったほうがマシだからな』
道理で色々としゃべってくれたわけだよ。おそらく時間稼ぎも兼ねていたんだろう。
捕縛したあとの身体検査を怠った俺たちのミスだ。
俺は上記の内容をエーベルスタ語に翻訳して全員に伝達した。
「アークデーモンだって?おいおい、そいつはヤバいかもしれねぇ。Aランクの魔獣だぞ。魔獣といっても知能を持っていて魔法を撃ってくる厄介な相手だ。【鑑定】してみねぇと正確な強さは分からねぇが、ここにいる全員が殺されることになってもおかしくねぇぞ」
いつも冷静沈着なバッツさんが少し焦り気味だ。
「つ、ツキオカ様、ど、どうしましょう?」
エイミーお嬢様も冷静さを欠いているみたいで、アークデーモンというAランク魔獣の脅威度が高いことがよく分かった。
俺は初級と中級の魔法しか使えないんだが、果たして対抗できるのだろうか?
「サトルお兄ちゃん、私、死にたくないよ。せっかくこれからってときに…」
妹のナナが泣きそうになっている。いや、何とかしてやりたいけど、何とかできるものなのかどうかが分からないんだよ。
「とりあえずお嬢様とアンナさん、サリーとイーリスさんとナナの女性陣全員は伯爵家の馬車の中に避難してください。マックス隊長ほか騎士さんたちは馬車の周囲に展開して守備に専念して欲しいです。あと、バッツさんとハルクさん、俺の三人は遊撃部隊として、アークデーモンに対峙しましょう」
俺が指示を出すのも変な話だが、現時点で取れる最善の(…と思われる)行動を提案した。
「かぁー、仕方ねぇ。覚悟を決めるか。ハルクも良いよな?」
「・・・」
無言だけど、静かに頷くハルクさん。こんなときでも寡黙キャラなんだね。
『無駄無駄。達人レベルの魔術師が10人くらいいて、やっと対処できるくらいの強さだぞ。まぁ真っ先に殺されるのは、縛られて動けない俺たちだろうがな』
パレートナム氏が嘲るように俺に話しかけてきたが、なるほどそういうことか。ビエトナスタ王国国防軍第二部第五課の人間が一人残らず死ぬことで、事件を有耶無耶にする気だな。
くっそー、こいつらも守ってやらなきゃいけないってことか…。この事件の犯人であり、貴重な証人でもあるからな。
そうこうしているうちに魔法陣の点滅はさらに高速になり、魔法陣の中心部分から何かがゆっくりと降りてきた。
足先から頭頂部までの全身全てが現れるのにおよそ30秒ほどかかったそれは、人型で蝙蝠のような翼が生えており、頭部はヤギのようだった。これがアークデーモンか…。
俺たちが普遍的に持っている悪魔のイメージそのものだった。ただ、身長は2メートルほどで、それほど大きくはない。
俺は即座に【鑑定】を試みた。結果は以下の通り。
・種別:アークデーモン
・種族:悪魔族
・スキル:
・耐鑑定 56/100
・状態異常耐性 186/250
・魔法抵抗 43/200
・徒手格闘術 239/300
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・土魔法 117/200
・空間魔法 51/200
中級魔法ならダメージを与えられるくらいの【魔法抵抗】のスキルレベルだ。少しほっとした。
しかし、【土魔法】のスキルレベルが長老レベル(スキルレベル110以上)、いやもうすぐ伝説レベル(スキルレベル120以上)と言っても過言ではない。てか、スキル上限と現在のスキル値を比較してみると、そこまで強くない個体なのかもしれない…(【魔法抵抗】や【土魔法】がもっと高い数値だったら絶望するところだった)。
魔力量は211なので、上級魔法(魔力消費量:30)を7回連続で撃つことができるな。いや、中級(魔力消費量:20)を10発撃たれても十分ヤバいが…。
いや、それよりも【徒手格闘術】がすごすぎる。体術では太刀打ちできないじゃん。
こんなの俺たちで倒せるのか?
いや、こいつを倒さない限り、ここにいる全員が死ぬことになるわけだが…。




