044 待ち伏せ
俺たちの乗る馬車は荷馬車みたいなやつで幌も無い。十人くらいは詰めれば乗れるという馬車に六人が乗っている状態だ。
ただ、バッツさんとハルクさんがでか過ぎて、あまり余裕がある感じではない。
男性三人と女性三人なので、ちょっと合コンっぽい。いや、合コンなんて参加したことが無いから、よく知らんけど…。
なお、御者を務めているのはイーリスさんだ。【操車術】のスキルを持っているからね。
しばらくは【索敵】スキルで周囲の警戒を続けていた斥候役のサリーさんだったが、周囲が見通しの良い畑の風景に変わったので安心したのだろう、笑顔を浮かべてナナに話しかけ始めた。
「ねぇナナちゃん。【アイテムボックス】のスキルを持ってるってすごいよね。しかもスキルレベルがめっちゃ高いし…。いったい誰に教わったの?」
まぁ【鑑定】されれば分かってしまうよな。ナナの【耐鑑定】は12だし…。
バッツさんやイーリスさんも興味津々で聞き耳を立てているように見える。馬車を操っているイーリスさんなんか、頻繁に後ろを振り返っているよ。うん、この会話を気にしているのがバレバレだ。てか、危ないから前をしっかり見ていて欲しい。
ちなみに、ナナには俺が【コーチング】したことは秘密にしておくようにお願いしている。でないと【コーチング】の希望者が殺到して、収拾がつかなくなるのが目に見えているからね。
「すでに亡くなっていますが、私の母からです。子供のころから使ってるせいでスキルレベルが高いんですよ」
…ってことにしているのだ。嘘だけどね。
「へぇー、良いなぁ。はやく達人になって、私にも【コーチング】して欲しいな」
「まだまだ、あと7~8年はかかりますよ」
「うーん、だろうねぇ。でも予約だけはしておきたい!そのくらい希少なスキルなんだよね」
まぁ、もっと親しくなったら(もしくは恩を感じるようなことがあれば)、俺が【コーチング】してやっても良いけどな。
そのサリーさんの視線がナナの隣に座っている俺のほうへ切り替わった。
「サトルはうちのリーダーの【鑑定】を使ってもステータスが見えないそうだけど、よっぽど【耐鑑定】が高いんだね」
「ああ、【耐鑑定+22】の魔装具を付けているからな。俺自身の【耐鑑定】のスキルレベルもそこそこあるんだけど…」
ぞんざいな口調だけど、サリーさんとはほぼ同年代だからね。すでに敬語無しの友達感覚でしゃべれる間柄なのだ。…って『陰キャ』のくせに快挙だ。それだけサリーさんがフレンドリーってことなんだけどね。
「えええ?Fランクの冒険者が何でそんな高価な物を身に着けてるんだよ。と言うか、サトルって本当にFランクなの?」
いや、間違いないぞ。
冒険者ギルドにおけるランクは、登録の日から一年ごとにそれまでの功績が審査されて、昇格か降格(…って降格もあるのかよ)または現状維持になるのかが決まるらしい。だから俺やナナがEランクに上がるにしても、それはかなり先の話になるんだよな。
デルトの街の冒険者ギルドでは(この一か月の活躍をふまえて)『ランク詐欺のFラン冒険者』とか『Cランクより強いFランク』などという変なあだ名で呼ばれていたのを俺は知っている。褒められているのだとは思うが、なんか微妙だ。
「俺としてはサリーの【索敵】が気になっているんだがな。かなり便利そうなスキルだと思うし…」
「うん、斥候役としては必須のスキルだからね。【コーチング】費用もかなり安いんだよ。たしか5万ベルくらいだったかな?」
「おぉ、たしかに安い。俺も取得しようかな」
ここでナナが口を挟んできた。
「サトルお兄ちゃん、【索敵】と同じようなことは【空間魔法】の中級でもできるらしいよ。魔力は使うものの、【索敵】スキルよりも広範囲に探索できるらしいしね」
この言葉を聞いたサリーさんが頭に疑問符を浮かべながらナナに質問した。
「ナナちゃん、サトルは【風魔法】と【光魔法】の二属性だよね?【空間魔法】には適性が無いんじゃなかったっけ?」
「あはは、そうでした。てか、私こそ【索敵】を習おうかしら…。不意打ちされないのは便利そうですよね?」
笑って誤魔化すナナだったが、さっきの情報には感謝だな。やはり【空間魔法】だけはスキルレベルを積極的に上げていきたいところだ。
ちなみにスキル値の上限はそれぞれのスキルごとにあるのだが、トータルの上限もあるらしい。個人差はあるものの、大体700~800が一人の人間のスキル上限だそうだ。
なので大富豪が金の力で様々なスキルの【コーチング】を受けても、器用貧乏が出来上がるだけであまり意味はない。
俺の場合も無駄なスキルの取得は避けておかないと、今持っているスキルのレベルが上がらなくなってしまうのだ。
何でもできる完璧超人は、いないわけだね。この世界の仕組みって、よくできていると思う。
ただなぁ、俺のスキルレベルって現時点の総合計が979なんだよな(魔装具の分を除いて)。いったい上限はいくつなんだよ。
全属性の魔法が使えるとは言っても、あれもこれも手当たり次第にスキルレベルを上げようとするのは悪手かもしれない…。
そういう意味でも【索敵】を習うのはやめるべきであり、ナナが言いたかった本音はそれなんだろう。
「ん?その【索敵】に反応ありだよ。前方およそ100メートルの森の中。複数の人が潜んでいるみたい。人数は分からないけど、かなり多いことは確かだよ」
やはり襲撃があるのか…。予想通りとはいえ、ちょっと残念だ(せっかくのノンビリ旅が…)。
広い畑の真ん中を突っ切るような道を進んでいたんだけど、前方には森の入口があり、街道はその森の中へと繋がっている。てか、俺がこの世界に飛ばされたときの森だけどな。
俺たちの馬車のすぐ後ろを進むマックス隊長に、サリーが感知した【索敵】反応のことを伝えたのはバッツさんだ。
マックス隊長はすぐにエイミーお嬢様の馬車に自身の馬を横付けし、善後策を協議し始めた。
さて、どうするつもりかな?




