041 アンナ・シュバルツの回想④
夜も更けてお嬢様がご就寝なされたあと、私はツキオカ様のお部屋を訪れました。いえ、決して夜這いではありません。ギルド支部長のおっしゃっていた人工遺物を見せていただくためです。
あわよくば…という気持ちが無かったと言えば嘘になりますけど…。
ところが、そこにはナナさんがいらっしゃいました。彼女には別の客室をあてがったはずなのですが…。
ま、まぁ良いでしょう。変な雰囲気にはなっていなかったみたいですし…。
まず、ツキオカ様から呼び方についてのお願いがありました。
ツキオカ様でもサトル様でもなく、サトルさんと呼ばせていただくことになったのです。Dランク冒険者のアンナという立場ではサトルさんと呼んでいましたが、侍女のアンナ・シュバルツとしてはツキオカ様と呼んでいた私です。
少しばかり抵抗もありましたが、彼との心の距離が近付いた気もして、嬉しく感じてしまっているのが正直なところです。
そのあと、見せていただいた人工遺物ですが、薄くて小さくて横長の『絵画用の額縁』といった印象の物体でした。
金属のような光沢がありますが、金属ではないような…。なんとも不思議な質感の外観でしたね。
そして驚いたことにナナさんが人工遺物に触れると、そこにサトルさんの肖像画が出てきたのです。
私にとっては、この時点だけで驚いた点がいくつもありました。
1.ナナさんが人工遺物の操作方法をご存知であること
2.肖像画が非常に細密で、本物そっくりであること
3.ナナさんが指を横に動かすと、また別の肖像画が現れたこと
このあと、森の中でナナさんが襲われそうになった場面(『録画』とか『動画』などと言うらしいです)を見せていただきましたが、たしかにこれは言い逃れのできない証拠となりますね。
会話の声もしっかりと聞こえました(『録音』と言うそうです)し、使いようによっては恐ろしい道具です。
政治の世界や商売では『言った・言ってない』の論争は日常茶飯事であり、だからこそ文書に残すことでトラブルを防いでいます。
この人工遺物に『録画』または『録音』しておけば、たとえ口約束であっても効力を発揮することになります。交渉の場などで常に気を付けて発言しなければならないのは、とても神経を遣うことになるでしょう。
・・・
その後、ナナさんに割り当てた客室へと彼女をお送りしました。
どうやらサトルさんのお部屋で一緒に寝るつもりだったようですね。まったく油断も隙もありません。
私はナナさんと会話する必要があると感じましたので、お部屋でその時間を少しいただきました。
「ナナさん、あなたはサトルさんのことをどう思ってるの?」
「もちろん、兄ですよ。それよりアンナさんはどうなんです?」
「命の恩人で、お嬢様のお客様です」
お互いを牽制するような会話の応酬でしたが、ナナさんのほうが先に本心を暴露しました。
「私にとっても恩人なんですけど、それ以上に『ずっと一緒にいたい』と思える人です。それはアンナさんも同じなのでは?」
はっとしました。図星です。
恋愛経験の全く無い私にはサトルさんへの感情が恋なのかどうか分からなかったのですが、ナナさんの言葉はまさに今の私の心の内を的確に表していました。
そう、ただ単に『一緒にいたい』のです。
私の反応でだいたいのことを察したのでしょう。ナナさんが私に提案されました。
「サトルお兄ちゃんはアンナさんのことを好ましく思っていますよ。多分、私よりも一歩リードしてると思います。でも、私も負けるつもりはありませんから…。とりあえずは休戦協定を結びませんか?」
「休戦協定?」
「ええ、サトルお兄ちゃんに対する積極的なアプローチは控えること。特に性的なお誘いは絶対ダメ。あの人、そういうのに弱そうだし…」
なるほど。良いかもしれません。
おそらく、サトルさんと一緒にいる時間が私よりも長くなりそうなナナさんのほうから提案してくださったのです。私に否やはありません。
「分かりました。それでは正々堂々、彼の心を射止めるための競争をしましょう。ふふ、お互い頑張りましょうね」
「ええ、負けませんよ」
私とナナさんは手を取り合って共に微笑みを浮かべました。彼女とは良い友達になれそうです。




