004 伯爵家のお嬢様
隊長さんの態度が目に見えて変わった。もともと丁寧な態度だったけど、さらに目上の者に対するような態度にね。
「家名をお持ちの方でしたか。大変失礼しました。てっきり平民だとばかり…」
平民だと思われたのは俺の服装からだろうな。
現在の俺の格好は、薄い色の開襟シャツに紺色のチノパン、足元は白のスニーカーだ。まさに『ザ・平民』って感じだろう。
俺は慌てて否定した。
「いえいえ、平民ですよ。貴族じゃありませんから…。俺の国では平民でも名字を持てるんですよ」
「そうなのですか…。お国はどちらでしょう?差し支えなければお教えいただきたく」
「ニッポンという国です。おそらく祖国に帰ることができるかどうか分からないくらい遠い所にある国ですが…」
もしもここが異世界だったら、遠いどころの話じゃねぇ…。まぁ帰れなくても、別にそこまで元の世界に未練は無いんだけど…。
とにかく現状、一文無しなんだよな(日本円は持ってるけど…)。隊長さん、金貸してくんねぇかな?
…っと、ここで馬車の扉が開いて、中から侍女風の女性と、その後ろからドレス姿の少女が降りてきた。女性のほうが20代前半、少女が12歳前後ってところか?
二人ともかなりの美人だ。少女のほうは『美人』というよりも『可愛い』って感じだけど…。
隊長さんが少女に話しかけていた。
「お嬢様、降りてきてはなりません。おとなしく馬車の中でお待ちください」
なんだか口調が雑というか、『いつも苦労をかけられてて、うんざりだよ』って態度だ。いや『我が主』じゃないの?
「マックス、そちらの方が魔術師様なのですか?私からもお礼を申し上げねば、気が済みません」
「はぁ(溜め息)、えぇこちらの方が魔術師『サトル・ツキオカ』様です。目的地まで我らにご同行いただくことになりましたことをご報告致します」
少女もまた俺が貴族だと勘違いしているみたいだ。もう名乗るのは名前だけにしよう。いちいち訂正するのが面倒くさい。
平民であることを強調した俺に対しても丁寧な態度を崩さず、少女は自己紹介した。
「私、このあたり一帯を治めるアインホールド伯爵家の長女でエイミーと申します。ご助力いただき本当にありがとうございました」
貴族の中で伯爵って結構偉いんじゃなかったっけ?そういうのって、あまり詳しくないんだよな。
いずれにしても腰の低さは好感が持てる。普通は平民なんて見下すもんじゃないのか?
「俺の国には貴族がいませんから、そういった方たちへの対応に不慣れです。もし無礼がありましても、ご寛恕いただけますようお願い申し上げます」
マナー的に絶対になんかやらかしそうだから、事前に許しを貰っておこう。つまりは保険だ。
でもこの人たちが良い人そうで良かったよ。助けた甲斐があったってもんだ。
「ぜひツキオカ様には馬車に同乗していただきたいですわ。アンナ良いわよね?」
エイミー様が侍女風の人に向かって聞いていた。侍女さんはアンナさんという名前らしい。
「若い男性と同じ空間に長くいるのはお勧めできません。お嬢様、ご再考くださいませ」
「えぇぇ?私たちの命の恩人ですのよ。そのような方を歩かせるわけにはいきませんわ」
ここで俺が口を挟んだ。
「俺のことならご心配には及びません。歩くほうが好みですから…。いえ、正直に申し上げるならば馬車が苦手なのです」
そう、この馬車ってどう見てもサスペンション性能が不十分で、三半規管にくるやつだ。絶対に酔う自信がある。…って嫌な自信だな。
「そうですの…。では私も一緒に歩きましょう。アンナは馬車に乗っていても良いわよ」
これにはマックスさん(騎士隊長)やアンナさん(侍女)も驚いたようで、必死にお嬢様の愚行を止めていた。
どうにもじゃじゃ馬っぽいお嬢様だな。マックスさんがうんざりしているのも分かる(気がした)。
結局、不貞腐れながらも従者たちの進言を聞き入れたエイミー様は、アンナさんと共に馬車の中へと戻っていった。