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363 マジックバッグ

「あぁ、えっと、エレンさん。この箱を【鑑定】してみましたか?」

「もちろんだ。しかし、『マジックバッグ』などとは表示されなかったがな」

「師匠、俺も【鑑定】できなかったぜ。スキルレベルが不足しているのかな?」

 ん?サガワ君も?どういうことだ?


「私もダメね。先生は?」

「私はできたわよ。きちんと『マジックバッグ』って出たわ」

 ホシノさんがダメで、クロダ先生が成功…ってことは、スキルレベルの問題だろうな。

 この箱の内容物または箱自体に何らかの【鑑定】阻害効果があるのかもしれない。もしかしたらこの箱の材質による効果だろうか?


 いずれにしてもこの箱が『マジックバッグ』であることに間違いはない。クロダ先生と俺、二人の意見が一致したからね。

 俺は箱上部のミスリル板(と(おぼ)しき部分)に右手を置いて、左手でスイッチを入れてみた。


 …。

 あー、確かに何も起こらない…。

 どういう動き方をするのかは不明だけど、全く何の動きも起こらないのは確かだね。

 これって、魔石が消耗してるだけかもしれないし、故障しているという可能性もある。いずれにしても箱の中を見てみないと分からないな。


「エレンさん、この箱の中にある『魔道基板』が生きているのなら問題無いのですが、もしもダメになっている場合はどうしようもありません。どうなっているかは分解してみないと分からないので、できれば俺たちにご同行をお願いできますか?お二人の宿代は俺が出しますし、そんなに長期間にはならないと思いますので…」

「うん、それは問題ないんだけど、もしもそれが壊れていたら、私たちは40万ゴルの借金を背負うことになるの?」

「いえ、中核部品たる『魔道基板』が壊れていた場合でも100万ゴルはお支払いしますよ。生きていたら1000万ゴルの価値となり、差額が960万ゴルになるというのは当初の予定通りです」

 と言うのも、この外装部分(箱)自体にも価値がありそうな気がするのだ(勘だけど)。おそらく箱の材質って木材だと思うんだけど、これって何か特殊な木(世界樹とか聖なる木とか)だったりしてね。もちろん冗談だけど…。


 この場ですぐに箱を開けて内部を確認することができないのは、箱の開け方が分からないからだ。金属ネジや釘などが一切使われておらず、箱根寄木細工(よせぎざいく)の秘密箱みたいな構造になっているように見受けられる。要するに、パズルっぽい開け方になっているのではないかと推測しているんだよね。

 箱の各面を順番にスライドさせていって開けるのだと思う。多分…。


 ・・・


 宿屋グリューネワルトに戻った俺たち一行は、新たに二人部屋を一室確保した。エレンとアレン姉弟(きょうだい)のための部屋だ。

 幼いアレン坊やが高級な宿に泊まれることを知って、はしゃいでいたのが何とも微笑ましい。

 すぐに自室にこもった俺は、箱のふたを開けるべく試行錯誤を開始した。箱の各面の中でスライドできる部分を探すのだ。

 20分くらい格闘していただろうか。何とか箱を開けることができたよ。四段階くらいの手順があったので、なかなか大変だった。てか、寄木細工(よせぎざいく)を知らない人だったら途中で諦めるんじゃないかってくらいの複雑さだったよ。


 箱の中にはかなり大きな『魔道基板』(直径は2.5cmくらいかな?)があって、【鑑定】してみたところ【空間魔法】である【ストレージ】の魔法陣を刻み付けた『魔道基板』であることに間違いなかった。

 『魔石ケース』は無くて、大きな魔石が直接配線されていたけど、どうやら魔力は消耗し尽くしているっぽい。あと配線が数か所断線していたけど、これは経年劣化によるものだろう。

 エレンさんの話によれば、この箱は数百年前から族長の家に伝わるものらしいからね(家宝だったらしい)。

 とりあえず、『魔道基板』から全ての配線を(はず)して箱から取り出したあと、よくよく観察してみた。内部にひびなどもなく、壊れているようには見えない。


 剥き出しの配線になるけど、新品の『魔石ケース』や『魔道スイッチ』、あとインタフェースとなるミスリル板などを配線していった俺。

 『魔石ケース』に新品の魔石をセットしてから、左手をミスリル板上に置いてスイッチを入れてみた。

 うぉ、半透明のディスプレイパネルが目の前に出現したよ。いつも【アイテムボックス】を使うときに見る画面と同じだな。

 【IN】【OUT】の表示も全く同じだった。てか、このインタフェースって入出力用なのかな?

 『魔道基板』内に発動方向を指し示すためのベクトル表示はあったので、その先のほうに収納したいもの(部屋の中にあった水差し)を置いて【IN】を脳内選択してみた。【アイテムボックス】とは異なり照準(レティクル)が出現しないので、あらかじめ10cmほどの距離を隔てて発動してみたのだ。てか、焦点距離が分からないので、何度か実験を重ねていくしかない。


 なんと驚くことに一発で成功したよ。水差しが一瞬で消え失せたのだ。

 ディスプレイパネルも消えたので、再度スイッチを入れてから【OUT】を選択してみる。すると一覧表示の中に先ほどの水差しが存在した。で、それを選択してみると先ほどと全く同じ位置に水差しが出現したよ。

 なるほど。収納時の焦点距離は10cmで、取り出すときも10cm先に出現するってわけか。

 なお、このあと数回の実験の結果、焦点距離は5cm~15cmの間だったら大丈夫であることが分かった。出すときは10cm先に出るみたいだけどね。

 あと、これは本当に余談だが、収納したまま忘れ去られていた人工遺物(アーティファクト)でも入ってないかと少しだけ期待していた俺だったが、そんなうまい話は無かったよ(収納庫の中は空っぽだった)。


 俺が検証作業に熱中していると、部屋のドアがノックされて外から呼びかける声が聞こえてきた。

「ツキオカさん、夕食に行きますよ。出てきてくださ~い」

 へ?もうそんな時間?どんだけ集中してたんだよ。

 俺がドアを開けると、ホシノさんがするっと部屋の中に入ってきてからこう言った。

「うわぁ~、ごちゃごちゃになってる。んで、どうだったんですか?この様子だと成功したっぽい?」

「ああ、【ストレージ】の『魔道基板』は生きてたよ。あ、そうだ。最終的には箱型じゃなくてカバンに組み込もうかと思ってるんだけど、ホシノさんのハンドバッグを貸してくれないか?大きさ的にはちょうど良いと思うんだよな」

「それって『マジックバッグ』を私にくれるってことですか?いや、まさかね」

「いや、あげるよ。俺には【アイテムボックス】があるから、『マジックバッグ』は不要だし…」

「いやいやいや、1000万ゴルもの価値のものをそんな簡単に…。あぁ、ツッコミたい。でも嬉しい。くぅ~、複雑な心境でござる」

 『ござる』って、君は武士か!


 ・・・


 食堂では、すでにエレンさんとアレン坊や、サガワ君とクロダ先生が席について俺たちを待ってくれていた。適当に注文済みではあったようだけど、まだ料理は来ていないようだ。

「師匠、おせえよ。で、どうだった?やっぱり壊れてたのか?」

「ああ、内部配線が断線していたし、魔石も(から)だったよ。でも心臓部の『魔道基板』は生きてたからね。ホシノさんのハンドバッグに組み込んであげるつもりだよ」

「うっ、俺も欲しかったんだけどな。ま、まぁアカリも喜ぶだろうし、仕方ねぇか…」

 さすがはサガワ君、イケメンな発言だ。

 ちなみに、この会話はエルブレスト語で(おこな)っている。エルフの姉弟(きょうだい)が同席しているのだから当然だ。


 エレンさんが俺に嬉しそうに話しかけてきた。

「良かった…。壊れたゴミを渡したんじゃなくて」

「ええ、俺も嬉しいです。それでちょっと考えたんですけどね。お釣りの札束を安全に運搬するために、エレンさんに対してあるスキルを【コーチング】しようと思うのですが如何(いかが)でしょう?」

「ん?何のスキルなの?」

 ホシノさんとクロダ先生が目を細めた状態(ジト目)になっていて、何か言いたげな様子になっていた。いやいや、【アイテムボックス】を【コーチング】してあげようかと思っただけですよ。もっとも、エルフ族に対して【コーチング】できるかどうかは不明だけど…。


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