356 乙女ゲーム
「あ、イリーナさん、おはようございます」
朝、庭を散歩しているイリーナさんを見かけたので、挨拶した俺だったが…。
「ん?あ、あぁ。お、おはよう」
あれ?なんだか見てはいけない場面にでも遭遇したかのような変な空気と微妙な反応だった。
青いリボンで結ばれた茶色のポニーテールが揺れている。
「えっと、私はイリーナじゃないんだけどな」
「えっ?まさかアリーナなのか?あれ?金髪だったんじゃ…」
「いや、あれは鬘だったのさ。こっちが地毛だよ」
ギャルっぽい金色の巻き髪は地毛じゃなかったらしい。
てか、化粧も薄いし、神官服もきっちりと着こなしているから絶対分かんねぇよ。
「驚いたな。どういう心境の変化だよ。でもこっちのほうが似合ってるぞ」
「えっと、その…。か、可愛いかな?」
「ああ、可愛いと思う。少なくとも俺にとっては…」
そう、ギャル相手だとなんだか緊張するからね。アリーナの口調は変わってないけど、見た目に関してはずっと話しやすくなったよ。
「アリーナお姉様、朝食に行きましょう。あっ、ツキオカ様、おはようございます」
こっちがイリーナさんか。
「おはよう、イリーナさん。『思考閲覧機』の調子はどうかな?」
「ええ、ばっちりですよ。しかもタイミングの良いことに、今朝、新たな神託が下りました。もしもあの装置が無かったら大変なことになるところでしたよ。主にエーベルスタ王国で…」
え?うちの国で?…って、どういうこと?
「詳しくは朝食のあとの報告会でお伝えします。そこまで緊急性は高くないですが、放置しておくことはできない内容なんですよ」
このあと、(俺はあまりピンとこなかったが)ホシノさんが大興奮するような内容をイリーナさんから聞くことになったのだった。
・・・
応接室に集うのは以前と同じメンバーだった。アリーナ・イリーナ姉妹、モーリス枢機卿とクローシュさん、サガワ君たち三人、それに俺の計八人だ。
イリーナさんが紙に記された神託の内容を披露した。
【北方の王国で一人の平民女性が貴族に引き取られる。その者、来年春には王立高等学院へ入学し、その王国を混乱へと陥れるであろう。世界の安寧のため、その者の愚行を阻止せよ。ただし、危害を加えてはならない。ゆめゆめ忘るるべからず】
神様からの新たな指令に興奮しているのはモーリス枢機卿だけだった。ふんふんと鼻息が荒くなっているよ。
「北方の王国とはどこでしょうかな?この国から見て北方となると、いくつかの候補がございますが…」
そう、クロムエスタ神国はゴルドレスタ帝国内にあるけど、そこから北にはエーベルスタ王国やビエトナスタ王国、他にもいくつかの小国が存在するんだよね。
イリーナさんがエーベルスタ王国と断定できた理由は何だろう?
「理由は申し上げられませんが、十中八九エーベルスタ王国で間違いないでしょう。これはホシノ様からの情報によるものですので…」
ん?もしかして例の乙女ゲームの絡みかな?
だったら、理由は言えないよな。
ここでホシノさんが発言した。
「攻略対象である第三王子のソリスティア・エーベルスタ様や悪役令嬢のイザベラ・ハウゼン様がいらっしゃることから、舞台がエーベルスタ王国の王立高等学院であることは確実です」
「もっとも微妙に名前が違いますけどね。本来ならばソリスティア・アーベルストとイザベラ・パウゼンなんですよ」
続けてイリーナさんによる補足が入った。この微妙な齟齬(食い違い)はどういうことだろう。完全な乙女ゲームの世界ではなく、あくまでも近似した(似て非なる)世界ということだろうか?
「攻略対象?悪役令嬢?いったい何をおっしゃっているのか、さっぱり分かりませぬな。ただ、ホシノ様やイリーナ様が確信を持っていることだけはよく分かりました。さて、それではこの神託に対して、どうやって対処していくべきでしょうか?」
モーリス枢機卿からの問い掛けがあったけど、それは俺たちには関係ないよね。学生としてその学院に入学するわけにもいかないし…。
まぁ、うちの国が混乱に陥るとか言われると、決して無関係じゃないんだけどさ(一応、俺も貴族だし)。
「ツキオカさんも気が気じゃないでしょう?だってご友人のイザベラ様が断罪されることになるかもしれないんですから」
は?ホシノさんの発言を聞いて一瞬呆けた俺だったが、そうか、その可能性もあるのか。なにしろ彼女は悪役令嬢らしいからね。
でもイザベラが断罪されるなんて絶対に許容できないよ。断固阻止する所存!
でもどうやって?
乙女ゲーム『暁の片翼』(通称アカベタ)の知識を持たない俺にとっては、解決法なんてさっぱり思い浮かばないよ。
でも妹のナナやイザベラ本人、それにホシノさんやイリーナさんという『信者』がこの世界には存在しているのだ。きっと何とかなるに違いない。いや、そのための転生や転移だったのかもしれないね。




