355 新たな神託 ~第三者視点~
アリーナとイリーナの姉妹は聖堂内の祭壇の前に跪いていた。いつもの早朝の礼拝である。
ただ、今までとは異なる点が一つあった。彼女たちの間には一台の装置が存在していたのだ。
左側にいるアリーナの右手がその装置に置かれている。右側にいるイリーナの左手も同様にその装置に置かれており、その装置によって間接的に姉妹が繋がっているという状態だ。
「アリーナお姉様、準備はよろしいですか?」
「ああ、いつでも良いよ。まぁ、私は特にやることもないんだけどな。イリーナには苦労をかけるだろうけどね」
「いえ、そんなことは…。それではスイッチを入れますね。えいっ!」
姉妹二人は目を閉じて祈りの体勢に入った。いつもは両手を組むのだが、装置に手を触れておく必要があるため、軽く握った片手を胸に当てる形での祈りとなっている。
もしも『神託』が下るのであれば、祈りの体勢に入ったあとすぐに受け取ることになる(従来通りであれば)。したがって、装置のスイッチを事前に入れておいたのだ。
現在、イリーナの脳裏にはサトル・ツキオカという男性の風貌がなぜか映し出されていた。日本からの転生者である彼女は、同じ日本人である彼のことを特に気にかけているわけではない。彼はどこにでもいるような普通の日本人男性だったからだ。
しかし、姉であるアリーナのほうはそうでもないようで、彼のことを意識している様子がこの装置によってよく分かった。
この装置の作動時間である10秒後、イリーナの脳裏から彼の顔が消えた。その事実からも、先ほどまでの映像がアリーナの思い浮かべたものであるのは間違いない。
「今日も『神託』は無かったですね。でもお姉様、あの方の顔を思い浮かべていたのはなぜでしょう?はっ、まさか一目ぼれ?」
「ばっ、馬鹿なことを!そんなんじゃないよ。ただ、皆が私に対して謙ってるというのに、あいつは対等の友人みたいに接してくれるからさ。ちょっと嬉しいというか、何というか…」
「ああ、分かります。とても気さくな方ですよね。他国の貴族なのに貴族っぽくないし、神使という称号を与えられているにもかかわらず驕ることもないし…」
双子の姉であるアリーナの顔が嬉しそうに微笑んでいるのを見たイリーナは、心がほっこりするのを感じた。巫女である彼女たちにとって、これまで愛だの恋だのといった感情は無縁なものだったからである。
「あ、でもお姉様、一つだけご忠告申し上げますね。ツキオカ様はギャルが苦手らしいですよ」
「あん?ギャルって何だい?」
「えっと、お姉様が今やってらっしゃるような格好をした女性のことをギャルって言います。あの方は私のような普通の格好をしているほうが好みらしいですよ」
「おっ、そ、そうか。いや別にあいつの好みの格好をする必要なんて無いんだけどな。ま、まぁ、この格好にもそろそろ飽きてきたし、イリーナみたいな格好にするのも良いかもしれない」
少し顔を赤くしながら早口でしゃべっている姉を見て、イリーナは予想以上の反応に戸惑っていた。え?本当に一目ぼれ?
・・・
翌朝、イリーナは姉の容姿の変化に驚いた。
ギャルっぽい要素は欠片も見当たらず、イリーナと全く同じような清楚な格好になっていたのである。神官服もきっちりと着こなし、化粧もかなり薄い。
まさにイリーナと生き写しである。いや、双子だから当然なのだが…。
「お、お姉様…。まるで鏡を見ているようです。このままでは皆が私たちを区別できなくなりますから、何かそれぞれ別のものを身に着けましょう」
「ああ、確かにな。じゃあ髪留めのリボンの色を変えようぜ。イリーナが赤で、私が青な」
アリーナのしゃべり方はギャルのままだった。まぁ、これを矯正するのには少々時間がかかるかもしれない。
姉妹二人の髪色はブラウンで、長さは背中にかかるくらいである。それをポニーテールにしているのだが、結んでいるリボンの色を変えるというのは名案だろう。
二人は連れ立って聖堂内へと入っていった。そこにいた神官たちはその全員が目を見張って驚いている様子だった。
それはそうだろう。昨日までギャルだった巫女が一夜にして清楚系に変わったのだ。驚くなというほうが無理である。
そして祭壇前で礼拝を行う二人の間には、やはり例の装置があった。そう、『思考閲覧機』だ。
まだ二日目なのに、すでに慣れた手つきで装置を操作するイリーナ。
祈りを捧げ始めたその瞬間、イリーナへ『神託』が下された。
【北・の王国で・人の・民女・が・族に・き取られる。その者、・年春には王立・等学・へ入学し、その・・を・乱へと・れるで・ろう。世・の安・の・め、そ・者の・行を・止せよ。ただし、・害を・えてはならない。ゆめゆめ・るるべからず】
抜けている文字が多く、解読は極めて困難である。
ところが、彼女の脳裏にはもう一つの『神託』が映像として映し出されていた。
【・方の・国で一人の平民・性が・族に引き・られる。そ・者、来年・には・立・等学院へ・学し、そ・王国を・乱へと陥れ・であろう。・界の・寧のため、その・の愚行を阻・せよ。ただし、危・を加・てはなら・い。ゆめゆ・忘るる・からず】
これは間違いなく姉であるアリーナのほうへ下された『神託』であり、それが『思考閲覧機』によってイリーナの脳裏に映し出されているのだと考えられる。
そして、この二つを突き合わせた結果、復元できた文章は以下の通りであった。
【北方の王国で一人の平民女性が・族に引き取られる。その者、来年春には王立・等学院へ入学し、その王国を・乱へと陥れるであろう。世界の安寧のため、その者の愚行を阻止せよ。ただし、危害を加えてはならない。ゆめゆめ忘るるべからず】
三文字だけ復元できなかったが、おそらく『・族』は『貴族』(または『王族』という可能性も?)で、『・等学院』は『高等学院』(もしくは『中等学院』か?)、『・乱』は『混乱』(または『戦乱』だろうか?)のはずだ。
つまりは、こうなる。
【北方の王国で一人の平民女性が貴族に引き取られる。その者、来年春には王立高等学院へ入学し、その王国を混乱へと陥れるであろう。世界の安寧のため、その者の愚行を阻止せよ。ただし、危害を加えてはならない。ゆめゆめ忘るるべからず】
不明の三文字をこのように推測した理由は、転生者であるアリーナが前世でプレイした乙女ゲーム『暁の片翼』の知識を持っていたからだ。
おそらく来年の4月に主人公が学院に入学するのだろう。つまり、物語の始まりだ。
婚約者のいる貴族の令息に近づき誘惑するという、現実世界に存在したら眉を顰めるような行動を取るのが、このゲームの主人公なのである。これによりその地域(北の王国)の不安定化を招き、ひいては世界全体を不安定化させるという懸念を神が抱いたのであろう。
また、『神託』にある『北方の王国』とはおそらくエーベルスタ王国のことである。悪役令嬢イザベラ・ハウゼンが彼の国に存在していることからもそれは明らかだった。




