342 和解
「なるほど、そういうことでしたか。それで殺人の実行犯とボークス様の処遇は?」
ガードナー辺境伯家の総力を挙げての調査だったらしい。その調査内容を資料を示しながら説明してもらった俺たち…。
真相が分かって良かったと思う反面、隣で涙を流すサユさんを見ると心が痛むよ。夫のラルク氏が実は(魔獣ではなく)人間に殺されていたってことだからね。
「実行犯は三人とも逮捕した。また、愚息については自室に監禁しておる。この全員を死罪とすることで謝罪の意としたい。それでそのぉ言いにくいのだが、ツキオカ殿は連座を望むだろうか?」
「いいえ。望まないからこそ、そちらで捜査していただくようにお願いしたのです。犯罪者は裁かれなければなりませんが、親兄弟にその咎が及ぶというのはちょっと…。貴族として大っぴらにできる内容ではありませんけどね」
そう、『貴族の犯罪は連座とする』というのはこの国の法なのだ。それを見逃す行為もまた犯罪なんだよな。
なので、実行犯たちは謎の獄中死、ボークスは病死という扱いになるだろう。罪状を明らかにして公開処刑とはいかないのだ。
「ただ、サユさんの心情は分かりません。事件を公にしたいというのであれば、俺にそれを止める権利はありませんから」
「うむ、それではサユとやら、そのほうの存念を聞かせてもらえるか?」
「は、は、はい。わ、私はラルクの無念を晴らしていただくこと。今後一切、私と娘に構わないでいただくこと。この二つさえ守っていただければ、それ以上は何も望みません」
「そうか…、心より感謝する。我が愚息ボークスも含めて、犯罪者は必ず処罰することをここに誓おう。それとは別にそなたに慰謝料を払いたい。1億ベルで良いだろうか?」
「い、1億ぅ!?」
目を回したサユさんが気絶しそうだ。普通の庶民にとっては生涯年収と言っても過言ではない金額だからね。
「ツキオカ殿にも謝礼を渡したいのだが、何か望むものはあるだろうか?もちろん、ガードナー辺境伯家がツキオカ男爵家の後ろ盾となることとは別にだ」
「いえ、謝礼を貰うために、法を曲げて連座を見逃したと言われるのは避けたいところです。私は何も見なかったし、何も知らなかった。この領を通過しただけ。そういう体でお願いします」
「本当に無欲な御仁であるな。噂通りということか。だが私が、いや我が辺境伯家が貴公に感謝していることを覚えておいてほしい。何かあれば必ず力になるぞ」
こうして問題なく会見は終了した。辺境伯軍との戦闘にならなくて本当に良かったよ(対帝国という国防の観点からも)。
ちなみに、このあと辺境伯と俺の二人だけで執務室においてとある密談を行った。ほんの30分ほどね。
領の政策に関わる内容であるため、サユさんにも秘密にしたのだ。
・・・
一枚100万ベルの白金貨が100枚入った布袋を受け取ったサユさん。ちょっと(いや、かなり)手が震えていたよ(…って、そりゃそうだ)。
このあと、俺たち三人は辺境伯家の馬車を使ってサユさんの生まれ故郷の村まで送ってもらえることとなった。
そして、その日の夕方には村へと到着し、ご領主様の馬車がやってきたせいだと思うけど、村長さん(らしき老人)が出迎えてくれた。村人たちもバラバラと家から出てきて、遠巻きに見ている。
で、その馬車は俺たちを降ろすとすぐにとんぼ返りしていった。
「サユ、あなたサユなの?」
一人の美しい女性が俺たちを囲んでいる人垣の中から前へ出てきた。年齢は20代後半くらいだろうか?サユさんにとてもよく似た美人さんだった。サユさんのお姉さんかな?
「お母さん、ただいま。6年もの間、帰省しなくてごめんなさい」
おっと、まさかの母親だったよ(姉じゃなかった…)。
「こちらの方はどなた?ラルクは一緒じゃないの?」
「うん、ラルクは三年前に亡くなったの。冒険者をしてたんだけど、魔獣に襲われて…」
「そう…。それは残念だったわね。ということは、こちらの方は新しい旦那様ということかしら?」
まぁ、勘違いするのは仕方ない。否定すべく俺が口を開こうとしたとき、先にサユさんが答えてくれた。
「いいえ、この方は旅の途中で知り合った冒険者でサトルさんという方なの。私たち親子をここまで無償で護衛してきてくれた恩人よ」
美人さんが胡散臭そうな目つきで俺を見た。おそらく、サユさんに恩を売ることで男女の関係になろうとしているなどと勘ぐられているのかもしれない。
いや、疑うのも分かるけどね。
彼女の視線が俺の隣にいるミユちゃんへと移った。
「それでこの子はあなたの娘なのかしら?なんて可愛い子なの。もしそうなら私の孫ってことじゃない!」
「ラルクの忘れ形見よ。名前はミユ。ミユ、この人はあなたのおばあちゃんよ。ご挨拶して」
「ミユです。5歳だよ。おばあちゃん、はじめまして!」
初対面であってもちゃんと挨拶できる、賢くて良い子だね。さすがは俺の娘(…ではないけど)。
「ミユはだんしゃくれいじょうなんだよ」
おっと、ミユちゃん、それは嘘設定なんだけどな。あ、でも本当に俺の養女にしちゃっても良いかもしれない。サユさんと国王陛下の許可は必要だろうけど(アンナさんやナナの許可も…)。
「ミユ、サトルさんがパパなのはここへ着くまでという約束だったでしょ?ごっこ遊びだったのよね?」
「あ、そうだった。パパはパパじゃなくてサトルお兄ちゃんだった。ここまでパパのフリしてくれてありがとう」
「いや、俺も楽しかったよ。こちらこそありがとう。サユさんもね」
寂しそうなミユちゃんとサユさん親子だった。ちょっと心が痛む。
「あらためまして冒険者のサトルと申します。この二人とは王都を出発してからずっと一緒に過ごしてきました。しかし、サユさんと特別な関係になったわけではありませんのでご心配なく」
俺の挨拶によって、ようやく美人さん(サユさんの母親)の柳眉を開くことができたみたいだ。
「はじめまして。サユの母親です。このたびは娘と孫を送り届けていただきましたこと、お礼申し上げます」
うん、誤解が解けたみたいで良かったよ。
「お父さんは?」
「ああ、今は畑に出ているけど、そろそろ戻ってくる頃合いよ。サトルさんも今日はぜひうちに泊まっていってくださいな。精一杯おもてなしさせていただきます。とは言っても、貧乏な村なので大したものは出せませんが…」
ご領主様の馬車に乗ってきた件はなぜかスルーされていた。
村長さん(らしき老人)だけは俺たちのことを睨みつけていて、事情を問い質したい感じだったけど…。




