339 辺境伯登場
ここで敵が一斉に押し寄せてきたら勝負の行方は分からなかったかもしれない。なにしろ、こちらの戦力は俺一人だからね。
まぁ、そうなったら馬車の御者席に飛び乗って、スタコラ逃げ出そうとは思っていたけど…(そのためにサユさんとミユちゃん親子を馬車に乗せたのだ)。
そう、メフィストフェレス氏を呼び出すほどの危機的状況ではないのである。
ところが敵騎士たちは腰が引けたようになっていて、その場を動かずに様子見をしていた。剣を抜いて正眼に構えてはいたけどね。
「お、お前は何だ?魔術師なのか?」
俺はその質問には答えず、無言で四つの攻撃魔法を同時発動した。
そう、【火魔法】の【ファイアアロー】、【水魔法】の【ウォーターカッター】、【風魔法】の【ウインドカッター】、【土魔法】の【ストーンバレット】である。
火矢が飛び、火傷を負わせる。細い水流が肉体を穿つ。風の刃が鮮血を撒き散らす。石礫が骨を砕く。
停車した馬車から玄関までの距離は約10m、騎士たちとの距離は7~8mしかない。攻撃を外しようもない距離なんだよね。あと、騎士たちは全身を鎧で覆うような完全装備ではなかったので、手足を狙うことでダメージを与えることができたのだ。
この攻撃により、一瞬で四人の騎士が戦闘不能状態へと陥った。もちろん、殺してはいないよ(腕や脚に照準を合わせたからね)。
残りの騎士たちは、すぐ隣にいた仲間が魔法で攻撃された光景を見て呆然としていた。九人の騎士に半包囲された状態だったので、一人置きに照準を合わせたのである。
さて、残りの騎士も殲滅するか。
そう思った矢先、玄関から一人の男性が出てきた。全速力で走ってきたのか、呼吸が激しくなっているのが分かる。
「はぁはぁ、ちょ、ちょっと待ってくれ。その黒髪、ツキオカ殿とお見受けする。どうか我らを攻撃するのを控えていただきたい」
歳の頃は50、いや60歳くらいかな?
髪には白いものが混じり、大柄な武人風の男性だった。
「私はジグムント・ガードナー、この地の領主である。非礼を謝罪するゆえ、どうか矛を収めてくださらぬか」
「まずはそちらの騎士たちの武装解除を行うのが先ではありませんか?俺の娘を人質にとって、傷つけようとしたのですよ。到底許せるものではありません」
ガードナー辺境伯(と思しき男性)は、すぐに騎士たちに命令して剣を収めさせていた。
「私にはこの事態の原因がさっぱり分かりませぬ。貴公が帝国側についたというわけではないのですよね?」
「当然です。俺はエーベルスタ王国の臣として、国王陛下に対し忠誠を誓っております。まずは、この招待状をご覧ください」
俺は今朝、執事風の男性から受け取った招待状をガードナー辺境伯にその封筒ごと手渡した。
「これは確かに我が辺境伯家の印璽だが、押印したのは私ではありませぬな。まさか当家の者が勝手に…」
「そこの騎士が事情を知っていると思いますよ。俺の娘を人質にして、魔道武器を捨てるように言ってきたので…。ちなみに、彼が持っているのは俺の魔道武器です」
指揮官らしき騎士の顔が蒼白となっていた。ちなみに、この男に攻撃しなかったのはたまたまだ。
「とにかくここでは何なので、詳しい事情を屋敷の中で聞かせていただきたい。あらためて君たちを我が屋敷へ招きたいのだが…」
「敵の屋敷の中へ無警戒で入れるわけがないでしょう。常識でお考えください。ガードナー辺境伯家は俺の敵と認定されましたので、国王陛下にもその旨をお伝えする予定です」
さて、ここまで言えば、自己の保身のために俺を亡き者にしようと攻撃してくるだろうか?
それとも平謝りしてくるだろうか?まぁ、どっちでも良いけどね。
ぐぬぬという擬音が聞こえそうな表情のガードナー辺境伯だったが、驚いたことにその場で片膝をついて頭を下げた。一介の男爵風情に対し、侯爵と同等の爵位である辺境伯が頭を下げたのだ。
しかも、周りの騎士たちにとっては、俺はただの平民の冒険者である。あり得ない光景に唖然としていたよ。
「ツキオカ殿。今回の不手際について、必ずや真実を明らかにすることを誓おう。その上で、再度会見の場を設けさせていただきたい。どうか頼む」
辺境伯という雲の上の立場でここまで言えるのは、本当に大したものだと感服した。これが本心ならね(口では謝罪しながらも、暗殺者を差し向けてくる可能性はある)。
「分かりました。ここはいったん退きましょう。一応、この事件の元凶を言っておきますと、あなたの家の三男であるボークス様です。【闇魔法】を使って取り調べを行うよう、ご忠告申し上げます。なお、暗殺者を送り込んできたり、俺に敵対する行動を取った場合、ガードナー辺境伯家をこの世から消し去りますので、そのおつもりで」
できるかできないかで言えば、できると思う。決して大言壮語じゃないよ。
俺は指揮官らしき騎士の元へ近づき、その男が手にしていた『魔道ライフル・改』をひったくった。いや、これって俺のだから。
さらにその場で【光魔法】の中級【エリアヒール】を発動した。負傷していた五人の騎士は全員治癒されて、傷の痛みに呻いていた彼らはキョトンとした顔になっていたよ。
俺は馬車の扉を開けて、中にいたサユさんとミユちゃんにこう言った。
「さっきの宿へ帰りましょう。ミユちゃん、おいで」
ミユちゃんを抱きかかえたまま、屋敷の広い敷地を徒歩で門の方へ向かう。隣にはもちろんサユさんが並んで歩いている。
二人とも何か言いたそうにしていたけど、門を出るまでは無言だった。
ちらっと後ろを振り返ると、ガードナー辺境伯は片膝をついたままだったし、騎士たちは呆然と立ち尽くしていたよ。背後から襲いかかってくるつもりは無いみたいだね。




