332 献上品
国王陛下は『装甲戦闘車』の御者席(装甲板に囲まれた本来の御者席及び俺が後付けした天井御者席)に座ったり、イーサ砲の砲台に取りついて周囲を見回したりと、非常に興味深げだった。
どうやら現在、王立砲兵工廠では『イーサ砲付き装甲馬車』の設計・製造までは手が回っていないようで、イーサ砲『AC-2010R11型』と20mm砲弾の大量生産体制を確立したところらしい。…って、そんな国家機密を打ち明けないで欲しいのですが…。
「以前撃ったイーサ砲と少し違うな。そちが改良したのか?」
俺は『AC-2010R22型』について、その改良点を詳細に説明した。ついでに対空戦闘時の問題点も…。
「なるほどな。アースドラゴンのような動きの遅い魔獣相手ならば非常に有効な攻撃手段である。砲身を固定してからの連射か。また空中機動するワイバーンのような魔獣に命中させるのが難しいというのも納得できるぞ」
陛下はこの難題を俺たちがどう解決するのか、好奇心を抑えきれないといった表情になっている。いや、信頼してくれるのは嬉しいけど、まだ解決策はありません。
俺は正直に現状を報告した。
「砲弾の後部に発光体となる薬剤を埋め込み、発射時にそれを燃焼させることで宙に光の軌跡を描きます。この仕組みを曳光弾と言いますが、素材の選定など解決すべき課題も多く、まだまだ構想の段階でございます」
「ふむ、それは面白いな。薬剤としてどのようなものが必要なのだ?」
「はい。一つは火をつけると高速に燃焼し、強い光を発するもの。もう一つは空気に触れると即座に自然発火するものでございます」
火薬による撃ち出しならば着火剤は不要なんだけど、イーサ砲は魔法を使った空気砲だからね。マグネシウムやリンに着火するための薬剤が別途必要なのだ。
実は現仕様の20mm砲弾は、軽量化のために砲弾後部を中空にしている。そこにマグネシウムを充填し、その上に着火剤を塗布、何らかの金属膜でシールする。俺が考えているのはそういう構造だ。
発射時の空気圧で金属膜が破れ、着火剤が空気に触れて発火、それがマグネシウムに引火して光を発するわけだね。
「宮廷薬師長に調べさせよう。新たな砲弾の試作についてはそちたちの力を借りるかもしれぬが、構わぬな?」
「もちろんでございます。こちらのイザベラ嬢と協力して課題の克服に努めさせていただきます」
横のイザベラも真剣な表情で頷いていた。
「それにしてもこれは良いものだ。『装甲戦闘車』という名も良い。ビエトナスタ王国には腕の良い職人が揃っておるのだな」
「兵站を担う国防軍第三部に所属する工兵たちの力作です。今回の戦争においても、非常に活躍したことをご報告申し上げます」
そう、追撃戦におけるこちら側の戦力の要だったからね。戦争最終盤に発生した騎兵突撃の阻止において、絶大な威力を発揮したイーサ砲を安全かつ高速に運搬できる馬車なのだ。
「うむ、あとでゆっくりそちの提出した戦闘詳報を読むとしよう。おお、そうだ。献上品に対する褒美だが、何か望むものはあるか?」
「いえ、特には」
俺はイザベラのほうをちらっと見たんだけど、彼女も首を横に振っていた。
「うーむ、陞爵させたいのだがそちは拒否するだろう?領地も要らんのだよな。欲の無い者はこれだから困るのだ。ビエトナスタ王国の王太女であるイリチャム姫からの書状で、そちにビエトナスタ王国の伯爵位を叙したいと打診されておるのだよ。聞いておるか?」
「貴族位をということでしたらお断りしました。エーベルスタ王国の臣であるということを理由として」
「はっはっは、なるほどな。それで余に書状を送ってきたというわけか。では彼の国へ断りの連絡をすることをそちへの褒美としよう。それで良いかな?」
良かった。他国の貴族になんてなりたくないよ。イリチャム姫には悪いけど…。
ここでイザベラが発言した。
「陛下、私からのお願いなのですが、一つよろしゅうございますか?」
「うむ、申してみよ」
「ラドハウゼンで発生した横領事件の主犯であり、陛下が温情で執行猶予付き有罪としたリリス嬢を覚えておられますか?」
「もちろんである。あの者は現在、そちたちの商会で働いておるのだよな」
「はい、我が兄ガイウスの秘書として日々力を尽くしているようでございます。兄も今や貴族に返り咲き、婚姻を結ぶにあたって王宮の許可が必要な身分となりました。それで…」
少し言い淀んだイザベラの発言にかぶせるように陛下が言った。
「許可する。リリス嬢はかなりの美人だったからな。ガイウス・ハウゼンが見初めたのも無理からぬことであろう。いやはや、いい歳をして婚約者もおらぬ独身男だったゆえ、少し心配しておったのだよ。うむ、結婚式には王室から祝辞を贈らせてもらうぞ」
イザベラの顔が輝いた。エリさんも喜びの感情を隠しきれていない。表情を変えないように努力しているみたいだけど…。
てか、俺も驚いた。リリスさんは美人なだけじゃなく、綿密に計画を立ててそれを遂行する能力を持つ、とても優秀な人物だからね。平民出身の男爵夫人というのは苦労しそうだけど、彼女だったら問題なく熟せそうだよ。
・・・
王城からの帰路において、ハウゼン家の馬車に同乗させてもらった俺だが、目の前に座るイザベラに問いかけた。
「リリスさんと君のお兄さんって相思相愛なのか?雇い主としての強権発動じゃないよな?」
「くっくっく、サトル君も気になるよな。それが笑えることに、二人とも一目惚れらしいぞ。お互いにな」
「それは良かった。運命の赤い糸ってやつかもな」
「そう、我々のようにな」
ん?我々?




