329 対空戦闘
リブラの街に建つアインホールド伯爵家のお屋敷に一泊させてもらった俺は、仲間たちと共に王都へと向かうべく、早朝から出立の準備をしていた。
二頭立ての幌馬車と四頭立ての『装甲戦闘車』の二台に分乗しての旅立ちである。
「来年の4月にまた王都で会おう。無事に王都へ到着することを祈ってるよ。まぁ、祈るまでもないだろうが…」
「ツキオカ様とアンナ、それに皆様、お元気で。来年には王立高等学院への入学がありますので、その後は3年間ほど王都に滞在することになります。その際はよろしくお願いしますね」
アインホールド伯爵様とエイミーお嬢様からいただいた餞の言葉である。
「特にアンナ。いい加減進展を期待しているわよ」
「お嬢様、何を仰っているのか分かりかねますが…」
にこやかに笑うエイミーお嬢様と微笑んでいるけど冷たい眼差しのアンナさんが睨み合っていた。仲良しさんだな。…って、本当か?
なお、道中の隊列だけど、幌馬車が先行し、すぐ後ろから『装甲戦闘車』が追随する形で進んでいる。イーサ砲の射界が後方120度になっているせいだ。
『装甲戦闘車』を引く馬たちの手綱を握る俺の横にはサリーが座っている。もちろん、天井御者席だよ。
「これは気持ち良いね。視界は高いけどそんなに怖くないし…」
御者席に並ぶ俺たちのすぐ後ろには、イーサ砲の操作ハンドルを握るナナの姿もある。天井の穴から上半身を出しているという状態だ。
「お兄ちゃんさぁ。これ撃ちたいんだけど、撃ってみても良いかな?」
「砲弾を無駄遣いするんじゃありません。何かしら魔獣が出現したら撃っても良いぞ」
「えええぇぇぇ。撃ちたい、撃ちたい。ああ、ドラゴンでも飛んでこないかなぁ」
ナナが戦闘狂へと変貌しているよ。まぁ、撃ちたい気持ちも分からなくはないけどな。手回しハンドルによる連射機構を試したいのかもしれない。
・・・
どこの世界でもそうだけど、誰かの発言が何らかのフラグになることはよくあることらしい。
整備された街道上には弱い魔獣はたまに出現するけど、強力な奴は出てこないのが一般的だ。ところが、その例外として空を飛ぶ魔獣の存在があるんだよね。
そう、ワイバーンやドラゴン種だ。まぁ、ワイバーンはランクで言えばCランク魔獣なので、そんなに強くはないんだけど…。あ、もちろんベテラン冒険者にとっては…ってことだが。
「サトル、何か来たよ」
緊張をはらんだサリーの声が俺の耳朶を打つ。サリーの【索敵】スキルによる探知だな。
すぐ後ろからナナの声も聞こえてきた。
「お兄ちゃん、あれって【鑑定】によればワイバーンなんだけど、撃っても良いよね?」
「ああ、もちろんだ」
俺たちの後方から接近してくるワイバーンに対して、ナナがイーサ砲に思いっきり仰角をつけていた。奴の飛ぶ未来位置を狙って見越し射撃しないといけないのだが、果たして首尾よく当たるだろうか?
距離的にはまだまだ遠いように思えるけど、発射時の気の抜けるような音が聞こえてきた。パスッという音だ。
続けてコッキングレバーを操作して、次弾を装填するナナ。
連射機構を使用せず、単発で撃ち続けているが、なかなか命中しないみたいだね。てか、空中にある標的を狙うのって難しいと思うよ。しかも相手は一点静止しているわけじゃないし…。
「お、お兄ちゃん…、当たらないよぉ」
どんどん近づいてくるワイバーン。そろそろ仰角の限界じゃないか?これって対空砲として作ったわけじゃないので、あまり上方へは向けられないのだ。
俺は馬たちの手綱を取っているため、戦闘には参加できない。とは言っても、ナナは【水魔法】も使えるわけだし、あまり心配はしていない。
…っと、俺の横に座っていたサリーがすばやく後方に移動し、天井の上にすっくと立った。その手には『魔道ライフル』が握られている。
ワイバーンの未来位置に向かって【ストーンライフル】の魔法を『魔道ライフル』によって放つサリー。めっちゃ冷静だな。
結局、数発の発射によってワイバーンは墜落した。さすがにいつも『魔道ライフル』の射撃練習をしているだけのことはある。良い腕だ。
「うー、サリーに掻っ攫われた~。てか、お兄ちゃん。曳光弾を開発してくれないと、弾がどこに向かって飛んでくのか分かんないよ」
まぁ、確かにな。砲弾の後部にマグネシウムなんかの発光体を詰めて、それを燃焼させることで宙に軌跡を描けるようにしたほうが良いかもね。
いや、マグネシウムを手に入れられるのかどうか知らんけど…。曳光弾の件はイザベラに相談するしかないだろうな。




