324 第6章エピローグ
ビエトナスタ王国の王都防衛戦及びその後の追撃戦におけるリュミエスタ王国遠征軍の降伏から早くも二か月が経過した。
俺としてはすぐにエーベルスタ王国へ帰国しても良かったんだけど、何となく戦争の結末が気になってビエトナスタ王国の王都に留まっているよ。講和条約が締結されるまでは、終戦じゃないしね。
その後の経緯をまとめておくと以下の通りだ。
・リュミエスタ王国遠征軍の兵たちは王都近郊に作られた捕虜収容所に収容されていて、講和が成れば帰国することになる。
・ビエトナスタ王国から他国へ逃げ出した難民たちは、すでにこの国へと舞い戻っており、元の生活を取り戻している。
・そろそろ冬小麦の刈り入れ時期であり、その前に戦争が終わったことは僥倖だった。
・逆にリュミエスタ王国における働き手(農民)のうち、10万人が捕虜になっているという現在の状況は、彼の国において極めて深刻な労働力不足を招いているらしい。
・講和会議はクロムエスタ神国の仲介により、彼の国で開催されており、今はその結果待ちである。
・講和成立後に今回の戦争における論功行賞を行い、さらには数多ある貴族家の廃絶や新たな貴族家の新設なんかも進めていくらしい。
・リュミエスタ王国遠征軍が無条件降伏した際、捕らわれていた元・王太子殿下やその妻子、一緒に逃げ出した貴族家当主たちが助け出された。てか、殺されていなかったらしい。
・もはや王族でも貴族でもないただの平民という扱いになるんだけど、とりあえずは王都へ元・人質たちを連れ帰った。彼らが新たな火種とならなければ良いんだけど…。
「貴様、なんでその地で皆殺しにしてこなかったんだ?ゴルドレスタ帝国へ行っている間に、腑抜けた甘ちゃんになったんじゃないか?」
第二部長がパレートナム第二部長代理に言った言葉である。親友の間柄らしく遠慮がないな。元・王太子殿下ほか、総勢およそ100名の元・人質たちを連れ帰った際に言われたのだ。
まぁ、第二部長の気持ちも分からなくはない。
「いや、さすがに一人二人って人数じゃないからな。俺を大量殺人鬼にでもするつもりか。あと、イリチャム姫様の意向に反するかもしれん」
「イリチャム姫様の意に反しているとしても、殺してくるのが忠臣ってものだろうが…」
てか、横で部外者の俺が聞いているってのに、そういうヤバい会話をしないでいただきたい…。
「ツキオカ殿、どう思う?」
なぜ俺に聞く?
「そうですね。部外者の無責任な戯言として聞いていただきたいのですが、幽閉か軟禁のあと、時期を見て毒杯を賜るって感じになるんじゃないですかね?さすがにイリチャム様の即位を脅かす存在は看過できないでしょう」
第二部長が我が意を得たりって顔になっているよ。
「ただし、イリチャム様にとっては、ご自身の父親ですからね。地方領主への任命くらいで許すかもしれません」
「そう、それが問題なのですよ。国王陛下がご存命の間は問題ないのですが、崩御なされたあとに発生するかもしれない政情不安の原因については、事前に排除しておきたいところです」
第二部長の言葉を受けて、パレートナム第二部長代理が発言した。
「だったら、お前が手を汚せば良いじゃねぇか。そういうことは自分でやれ、自分で!」
そりゃそうだ。発案者が率先してやるべきだろう。もっとも、彼らを王城に幽閉している状態で暗殺するのは難しいかもしれない。物理的には可能なんだけど、倫理的にね。
いや、死刑判決が下されたことによる毒杯ならば問題はないのだ。でも殺人(暗殺)はちょっとね。
病床にある国王陛下も同じ懸念を抱いたのだろう。イリチャム様のお母上を毒殺した三人の女性たちの公開処刑については当然行うのだが、ついでに現在の体制に不満を抱いている元・人質たちについても処刑することになったそうだ。どうやら【闇魔法】による尋問を行って、彼らの本心を暴いたらしい。
まぁ、後顧の憂いを断つという意味では、この措置も必要だろうね。日本人的な感性からすると、疑いだけで殺すってのはどうなの?と思わなくもないけど…。
かなりの数の元・人質たちに対して死刑判決が下ったんだけど、意外なことに元・王太子殿下は放免された。いや、まじで意外だった。
「余、いや、これからは儂と自称しよう。儂は今後、悠々自適の生活を送らせてもらう。外国への旅行なども楽しみたいと思う。もしも新女王が内政関連で助けを求めてきたら助力してやっても良いがな」
王太子というプレッシャーから解放されたせいなのか、憑き物が落ちたかのように晴れやかな顔になっている元・王太子殿下であった。
もしかしたら彼は将来、この国の宰相になったりするのかも…。その場合、かなり優秀な宰相になるのは間違いない(…って、第二部長なんかは評価していた)。
トップに立つとダメだけど、ナンバー2であればその実力を発揮する人っているんだよな。元・王太子殿下はこのタイプなのかもしれないね。
・・・
ほどなくして講和会議の結果が早馬で通達されてきた。
その結果は以下の通りだった。
・リュミエスタ王国はビエトナスタ王国に対して、戦時賠償金を支払う。
・その額は2兆ダール(日本円に換算して約2兆円)であり、100年間の分割払いとする。
・ビエトナスタ王国はリュミエスタ王国遠征軍の捕虜を速やかに返還する。
・リュミエスタ王国が奪った国境砦については、ビエトナスタ王国へと返還する。
・国境線を戦前の状態に戻す。
・戦争犯罪人の処罰については、お互いにこれを求めない。
領土の割譲なんかは無くて、純粋に金で解決って感じだな。まぁ、割と穏当な結果じゃないだろうか。
あ、『ダール』というのはビエトナスタ王国の通貨単位で、エーベルスタ王国の『ベル』とほぼ同価値の為替レートだよ。1ダール=1ベルってこと。
今回の侵略戦争で被った被害金額を考えると、2兆ダールってのはそこまで高額なものではない(と思う)。難民を受け入れてくれた周辺国への謝礼なども必要だからね。
「まぁまぁの結果だな。戦勝国である我が国に多少の利益が出た程度だが、亡国一歩手前だったことを考えると上出来だろうよ。それもこれもツキオカ殿のおかげだぜ」
「向こうの領土を割譲させるとか、貴金属の鉱山の権利を分捕るとか、もっとうまく交渉できなかったのでしょうかね?うちが勝ったというのに…」
チェリーナさんが愚痴をこぼしていた。まぁ、彼女の気持ちも分からなくはない。
日露戦争のポーツマス条約を不満とした日比谷焼討事件みたいなことが起こらないと良いんだけど…。
「そう言うな。こっちから彼の国の領土へ攻め込んだわけじゃねぇからな。せいぜいこの辺りが落としどころだろうぜ。それでも毎年200億ダールの収入が100年間だぞ。十分だろうよ」
「まぁ確かに…。そう言えば勲章授与の噂をお聞きになりましたか?ツキオカ様への叙勲は確定として、パレートナム第二部長代理にも授与されるって噂ですよ」
え?俺?
いや、勲章とか別に要らないんだけど…。パレートナム第二部長代理が叙勲されるのは嬉しいけどね。
ちなみに、野戦任官だった彼の地位(第二部長代理)は、終戦後もそのまま継続されているのであった。
・・・
謁見の間には本来なら多くの貴族が並んでいるのが普通なんだろうけど、現在はかなり貴族の数が少ないよ。特に高位貴族はほとんどいなくて、子爵や男爵といった下位貴族の当主たちが多い。
これは王都防衛戦が始まる前に、王都から逃げ出した貴族たちが処罰されたからである。全員ではなく、不満分子だけを処刑したわけだが、高位貴族のほとんどは反乱の意思ありと判定されたのだ。ちなみに、当主が処刑された貴族家は断絶となった(妻子は平民落ち)。
逆に王都防衛戦に自領の騎士を率いて参戦した貴族もいる。そのほとんどは下位貴族だったのだが、おそらく彼らは陞爵されることになるんじゃないかな?
正面の玉座にはイリチャム様が国王陛下の名代として着席しており、周囲に威厳を放っている。まだ幼いのに大したものだ。
「エーベルスタ王国男爵、サトル・ツキオカ殿。今次戦争における貴殿の働きは叙勲に値する。我が国の最高勲章である『ビエトナスタ王国大勲位功労章』を授けるものである」
恭しく捧げ持たれた金色に光り輝く勲章が俺の目の前に差し出された。
俺はその勲章を受け取ってから(オリンピックメダルのような感じの)輪になっている細めの布を首にかけた。いや、叙勲を断るというのも角が立つからね。
場内に温かい拍手が鳴り響いているのは、戦友としての思いからだろうか。そのことをちょっと嬉しく感じている俺だった。
共に戦って勝利したことが嬉しいのは、スポーツの試合と同じだな。侵略者の撃退に成功したことについても感無量だよ。
確かに戦争は良くないけど、自衛というのは国の根幹だからね。
「ツキオカ男爵、そなたを我が国の貴族として迎えたいのですが、如何でしょう?」
イリチャム様がいきなり爆弾発言をかましてきたよ。いや、お断りするという一択しかないんだけどね。
「我が国の国王陛下の了承も得ず、他国の叙爵をお受けするわけには参りません。申し訳ありませんが、お断りさせていただきたくお願い奉ります」
「ふふふ、エーベルスタ王の了承を得れば良いのですね?それは良いことを聞きました」
へ?いやいやいや、そういう意味じゃない。まぁ、陛下が了承するとも思えないし、まず大丈夫だろうけど…。え?大丈夫だよね?
これをもって第6章の終わりとします。
次の第7章をどう展開していくか、まだ何の構想もありません。ものづくり関連の話にしていきたいとは思っていますが…。
ですので、少し休止期間をいただきたく、読者の皆様にはよろしくお願い申し上げます。なお、できれば…ですが、ご評価いただけると嬉しいです。どうぞよろしくお願いします。




